第370話 彼女のことは好きだし、なにより感謝しているんだ

 それから。放課後聞き込みを一緒にするために星都が教室にやってくる。


「おーい力也ー」


 扉を開け声を掛ける。そこには席に座った力也がいた。談笑している生徒が多くいる中彼だけが取り残されたようにぽつんと座っている。


 ため息はない。屋上で見せていた後悔の念は一切ない。


 変わりにあるのは、静かな諦観だった。


「力也?」


 教室に入っていく。近づいて声を掛けるが力也からは元気のない返事しか返ってこない。


「大丈夫か?」

「うん」


 力也は答えるがちっともそうは見えない。それでも本人は責任感からか鞄を持ち立ち上がる。聞き込みを開始するつもりだ。


「力也、ちょっと来な」


 そう言って力也を校舎から連れ出した。


 力也を連れてきた場所。そこはグラウンドの土手だった。少し待ってろと言われた力也は待っていると星都が戻ってくる。その手には二つの缶ジュースが握られていた。


「ほら」


 その一つを渡される。星都は土手の芝生に腰を下ろしグランドを見渡す。校庭はすでに夕日の光を浴びて赤く染まっている。力也は戸惑いつつも星都の隣に腰を落ち着けた。


「聞き込みは?」

「今からするところさ」

「?」


 ますます戸惑う。聞き込みとは言うがどう見ても休憩だ。


 すると星都が振り向いた。


「なあ力也、最近変わったことってなかったか?」

「え?」


 聞かれ驚く。


「僕?」

「そう」


 星都は他の生徒ではなく他ならぬ自分に聞き込みをしてきたのだ。


「星都君、僕に聞き込みしても悪魔召喚師の手がかりは掴めないと思うんだな」

「いいから、つき合えよ」


 こんなことに意味なんてない。そう思うのに星都は譲らない。


「それでどうなんだ。織田力也に最近なにか変わったことはなかったのか?」 


 再度聞いてくる。自分になにかなかったのかと。


 最近あった変わった出来事。


 それは、ある。変わった出来事なんてものじゃない、人生で初めての経験を。


「実は僕、好きな人が出来たんだな」


 力也は素直に話した。好きな人ができたことを。以前までは恥ずかしくて認めるのも嫌だったけど。でも今なら言える。


「そうか」


 告白を親友は優しく受け止めてくれた。それで力也も躊躇うことなく続きが言える。


「だけど、その人には好きな人ができたんだ。それで、二人が仲良くなれるように応援して欲しいって頼まれて」

「そうか」


 なかなかにきつい体験だ。隣の親友からも重たい声色が聞こえる。


「恋愛って難しいよな。好きな人と出会えなければ始まらねえし、出会えたとしてもうまくいくかは相性だけじゃない。時と場合もある。運もある。だからさ、今はお前に気がなくても待ってればチャンスがくるかもしれないぜ?」


 それは彼なりの励ましだ。今は無理でもいつか願いは叶うかもしれないと。


 そんな彼の気持ちは嬉しい。けれど力也は顔を横に振った。


「いいんだ、星都君」


 今の力也には後悔も負い目もない。むしろ吹っ切れた笑みすらある。


「僕は彼女が好きだ。明るくて、元気で、優しくて。初めてだったんだ。仲間じゃなくて、初めて女の子から優しくされたの」


 それは力也にとってはとても特別なもので、それが恋愛感情になるのは自然なことだった。


「彼女のことは好きだし、なにより感謝しているんだ。だから、僕は彼女を幸せにしたい。幸せになって欲しい。それが僕の望み」


 目を閉じる。瞼の裏には彼女の笑顔が映っている。胸にはまだ恋慕の熱が宿っている。


「だから、彼女にも好きな人ができたなら、それを応援するよ。それが彼女の幸せなら」


 目を開ける。夕日に染まった校庭。長い影が伸びている。その陰影に力也は言う。


「彼女のことが好きだから、彼女の幸せを叶えたい、そう思える存在になりたいんだ」


 愛とは本来対象を守り幸せを願うこと。愛と称して危害を加えたり迷惑をかけるのはただの欲望でしかない。自分の幸せではなく相手を思いやることができて初めて愛と呼べるのだ。


 そういう意味では力也は本当に彼女を愛していた。正真正銘、彼女に恋をしていたのだ。


「お前はそれでいいのかよ?」

「うん」


 星都からの確認にも力也は迷わない。


「つき合うとかつき合わないとか、そういうのじゃないんだ。彼女の幸せが一番だから」

「そうか」


 親友の固い決意には星都も納得せざるを得ない。本音を言えば結ばれて欲しかったが本人が言うのならば仕方がない。


「優しいな、お前は」

「あはは……」

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