第369話 ありがとね、リッキーはほんといい友達だよ

 だが話があるのは彼女も同じだったようで二人は人気のない廊下までやってくる。そこで向き合い力也は正面から彼女を見る。


「愛理さん。その、ごめんなんだな」

「え?」


 力也は彼女に向け大きく頭を下げた。突然のことに彼女も驚いている。


「昨日のこと。愛理さんのこと、つき合っている人がいてもおかしくないって言ったこと。軽い女性だとか、そんなの全然思ってなかったんだな。でも、愛理さんがそう思って傷ついてしまったならそれは僕のせいなんだな。だからごめんね。どうしても、それだけは伝えたかったんだな」


 自分がしたいこと、自分の気持ちに素直になれと親友から言われた。自分が彼女にしたいこと。


 自信を持って言えるのは、彼女に謝ることだった。彼女のことが好きとかそんなのは後回しで、

なによりもまずは謝りたかった。ここで終わりなんて嫌だったから。それで許されるか許されないかはまた別の話。彼女に昨日のことを謝りたい。それだけはしておきたかったから。


「そうだったんだ」


 力也の謝罪を聞いてどう思ったか。彼女は小さく笑い力也を見つめていた。


「うん、いいよ。私も早とちりしちゃってごめんね」

「ううん、そんなことないんだな!」


 分かってくれた。顔を上げ彼女を見る。そのことが素直に嬉しい。それだけで、本当に本当に嬉しかった。 


 誤解が解けて力也の後悔もなくなる。伝えてよかった。そう静かに喜んだ。


「僕はこれだけなんだけど、愛理さんも僕に話があるって」

「うん、それなんだけどね」


 なんだろうか。彼女が自分を避けるようにならなかっただけでなんでもいいが。


 話があると言った彼女はなかなか言い出さない。いつもなら歯に衣着せず物を言うのに珍しい。恥ずかしいのか顔は若干下を向きその表情はどこか照れくさそうだ。


「実はね、私好きな人ができたんだ」

「え」


 その一言に胸がかき回されたような感覚がした。


「その人っていうのがさ」

「うん」


 彼女の思わぬ告白。彼女の緊張が伝播するように力也も身構える。顔は下を向き不安と期待が混ざり合う。鼓動がどきどきと高鳴り顔が熱い。


「浩人君なんだ」

「…………」


 せめぎ合っていた期待と不安。その勝負に決着がつき、熱は全身から下がっていく。


「リッキーなら知ってるでしょ、昨日私に話しかけてた人」

「うん、覚えてるんだな」


 明るい口調で話しかけてくる彼女に会わせて力也も笑みを浮かべる。彼のことを楽しそうに彼女は口にしている。


「彼のこといいなって思ってるんだけど、私浩人君のことぜんぜん知らないんだよね。だからさ、彼のこと調べてくれないかな? ほら、リッキーいろいろ聞き込みしてるんでしょ? もし彼と同じクラスメイトに話を聞く時にでもさ、ついででいいから聞いてみてくれないかなって」


 彼女は本当に彼のことが好きなようだ。彼のことを知りたくて、だけど自分で聞くのは恥ずかしくて。それは恋する乙女そのものだ。


「うん……。でも、いいの? 昨日はなんだか好きじゃなさそうだったけど」

「それなんだけどね」


 彼女は笑って誤魔化している。昨日はあれほど嫌悪感を浮かべていたというのに。女心と秋の空とは言うが。


「今日話してみたんだけど、思ってたのと違ってたっていうか、なんか誤解していたみたい。駄目だね私、リッキーのことも勘違いしてたし」

「そうなんだ……」


 彼女は彼のことが好きになった。それは事実なのだ。それは変えることのない現実で、それが自分の望むものとは違ったとしても。


「リッキー、応援してくれる?」


 彼女の眼差しが自分を見上げてくる。


 自分の好きな女性。それが自分を頼りにしてくれる。自分とは別の男性のために。


 その頼みに、力也は応える。


「もちろんなんだな」


 笑顔で頷いた。


「ほんと!? ありがと。相談できるのリッキーしかいなくてさ」

「ううん。これくらいぜんぜんいいんだな」


 彼女が喜んでいる。そんな様子に力也も笑顔で応えた。彼女の頼みを快く受け入れ、彼女の不安を払拭させる。


「ありがとね、リッキーはほんといい友達だよ」

「これくらいおやすいご用なんだな」

「じゃあ、これからまた会う約束してるから。そこでなにか進展あったら報告するね」


 そう言って愛理は教室へと戻っていった。その背中は嬉しそうで力也は見えなくなるまでずっと見つめていた。


「…………」


 彼女はいなくなりこの場には力也しかいなくなる。力也は彼女に振っていた手を止めて、その場に立ち尽くした。


「う、うう……」


 静まり返った廊下、聞こえてくる校内に残った生徒の声。


 そこに、力也の声が混ざった。


「うううう」


 振っていた腕を両目に押し当てる。流れ出る涙を受け止めて。だけど涙はまだまだ押し寄せてくる。


 力也は泣いた。胸から沸き上がる思いが静まるまで。


 これが力也の初めての恋い。初めての失恋だった。

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