第368話 ありがと、星都君

 翌日の昼休憩、お決まりの集まりには聖治以外のみんなが出席している。しかし会話はなく和気藹々とした雰囲気もない。


 というのも、力也の放つ負のオーラがすさまじくそれどころではない。まるで住宅ローンだけ背負わされクビにされたサラリーマンみたいな表情でとぼとぼと食事を口にしている。生気がない。まるで枯れ木のようだ。


「ねえ、ちょっと」


 その様子を見かねて此方が星都に顔を近づける。


「あいつどうしたのよ」

「知るかよ、昨日からあの調子だよ」


 昨日、放課後の聞き込みを二人でしたのだがその時から力也は相当落ち込んでおり話しかけてもなんでもないと元気のない返事をするだけだった。それは今もそうで香織や日向ちゃんが声をかけても変わらない。


「はあ」


 時折聞こえてくるため息に聞いているこっちまで気が滅入ってくる。


「失敗かあ」

「失敗したのかなぁ」


 日向ちゃんと香織が揃ってつぶやく。彼がここまで落ち込むなんて一つしか考えられない。

 彼の初恋。せっかくの恋だがそれがうまくいくとは限らない。むしろ初恋というのは未熟な果実のように酸っぱいものだ。


「ねえ、なにか聞いてないの?」

「聞ける状態じゃねえだろ」


 此方と星都が小言で話す。此方も力也の様子を心配しているが知りたいのは星都も同じだ。


 こんなに元気のない彼は初めてだ。


 そこで力也が箸を止めた。見ればまだ弁当が一つ残っている。


「どうした、食べないのか?」

「うん……」


 彼の頷きに女性陣一様に衝撃が走る。星都もマジかと内心で驚いた。最早珍しいを通り越して異常だ。八月に雪が降るくらいあり得ない。 


「星都君にあげるよ」


 力也は残った弁当を星都に渡す。


(食えねえよ)


 追加に弁当一つは大きすぎる。


「いいのか?」

「うん。今日、あまりお腹空いてないんだ」


 そう言われ彼の手元を見てみるがすでに空の弁当がふたつある。もしかしてギャグで言っているのか? と疑いつつもそんな空気じゃないのでなにも言わず受け取っておく。


「はあ」


 心臓を潰されそうなほどのため息がこの場にこぼれた。


 これは重傷だ。青春特有の痛みといえば可愛らしいがそうも言っていられない。


「なあ力也、なにがあったか知らねえけどさ」


 声を掛ける。なにがあったのかなんて分かり切っているがここは伏せておく。


「もし問題があるのなら、自分の気持ちに素直になることだ」

「自分の気持ちに?」

「おう」


 それを隠した上でアドバイスだ。星都は励ます気持ちで話していく。


「自分がしたいこと、それをするべきだ。なにかしたいと思っても躊躇いや遠慮、なにかしらのリスクに臆して行動に移せないって時は往々にしてある。でもだ、それを避けていても願いが叶うわけじゃない。やらない後悔よりもやる後悔っていうぜ? 玉砕上等。ダメもとでいいじゃねえか。まずは自分の気持ちに素直になることだ。やりたいことから逃げてても人生得しないぜ?」


 そう言って大きな肩を軽く叩く。


 力也の表情にまだ元気は戻らない。だけど話は聞いていたはず。今はそれでいい。あとは本人次第だ。


「ありがと、星都君」

「いいってことよ」


 力也が小さく笑う。強がりだと分かる精一杯の笑み。その笑みに星都は全力で応えた。


 せっかくの初恋だがそれは道半ばで躓いてしまった。だけどそれも経験だ。人と人のやり取りは難しい。それが異性ともなればなおのこと。ままならないこともある。


 そうした時自分はなにをするのか。力也は静かに自問するのだった。




 昼休憩が終わって放課後、力也は自分の席に座っていた。ホームルームは終わりみなは次々と席を立っていく。


 そんな中力也は思い詰めた顔をしていたが意を決したのか立ち上がる。そのまま愛理の席へと近づいていた。


「あの、愛理さん」


 そこにはまだ彼女が座っていた。力也は声をかける。


「リッキー」


 力也のことを彼女が見上げる。近づいてきた力也を意外そうに見つめる。


「あの、愛理さんに伝えたいことがあるんだな」


 話を切り出す。その姿勢は以前とは違いしっかりしたものだった。伝えたいことがある。それは遠慮や躊躇するものじゃない。皮肉ではあるが自責の気持ちが彼に自信を与えた。


「うん。実は私もリッキーと話したかったんだ」

「そうなの?」

「うん。ちょっと場所変えようか」

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