第341話 なぜなら、それがあなただからですよ
「数百の悪魔を瞬く間に死滅させたその力。デスザル。今まで、そしておそらく今後もそれを扱える者は出てこないでしょう」
彼女が現れた理由。それは駆がデスザルを使ったから。悪魔ですら使うことのできなかった理論上にのみ存在していた最上級呪文。
それを発現した駆を前に彼女の声は僅かな熱を宿している。
「なぜ、あなたがそれを使えるのか。なぜ、あなたはそれを使えたのか。悪魔ですら到達できなかった全体即死技。それは巨大な殺意に他ならない」
シュリーゼの淡々とした口調。けれども威厳のある声に仲間たちも聞き入っている。
「あなたの住んでいた町で、ある事件が続いていましたね。野良の犬や猫が殺害されている連続事件が」
「そうズラなのか?」
「あー、そういえばリンボの仲間から聞いたことあるわ」
リンボは地上と重なった境界だ。地上の新聞紙などが紛れ込むこともある。それで知った悪魔がいたのだろう。
「動物を殺害する事件。食料を得るための狩りとは違うのか?」
「たぶんだけど違うと思う。生きるための狩りじゃなくて狩り自体を楽しんでるのよ」
「なるほど。それで事件か」
ヲーが納得する。前者なら理解したのだろうが後者は認められないようだ。彼らしい。
人間による悪行をリトリィが皮肉る。
「悪魔にもそういうやついるけどさ、人間もあんまりそういうとこ変わんないよねー。善だとか悪だとか語っておいて、自分たちだってちゃっかりやってんだから」
考えてみれば伝承で悪魔が行ったことで人間がしていないことはない。悪魔がしたことは人間もしている以上違いは善行の記述があるかないかくらいだ。悪という面ではどちらも違いはないのかもしれない。
とはいえ酷いことだ。人間であろうと悪魔であろうとそれは変わらない。
「一部の者はデビルズ・ワンと関係があると読んでいたようですが、しかしこの事件は儀式以前から小規模ながら発生していました。その勢いを増したのは最近になってからですが」
この事件はデビルズ・ワンによる悪魔召喚の生け贄だと香織は考えた。しかしこの事件は儀式が始まる前から起きていたのだ。それでは説明がつかない。この事件はデビルズ・ワンとは無関係ということになる。
「ではこの事件、誰が行った者なのか。その犯人を駆、あなたは誰よりも知っているはずです」
「マスターが?」
全員が振り向く。
駆は、怯えた表情をしていた。
ついに、その時がきたのだ。あの老人に言われた、裁きの時がくると。
己の罪が、明かされる。
「夏目駆。この事件は、あなた一人で行われたものです」
真実を、突きつけられた。
悪辣と甘美の道。それは口にしていけない果実のようなものだった。してはいけなかった。だがそれをしてしまった。その味はすべてを変えた。
決して許されない罪と引き換えに。
「あなたはたった一人で、幼少の頃から他を殺して生きてきた。殺してなにかを得るためではなく、殺すという行為に興奮と快楽を覚えるために」
それは普段の控え目な性格と優しさからは考えられないことだ。
だが、駆は否定することせず臆するように一歩下がる。
「あなたには素質があります。他者を殺すことに特化した、悪魔さえ越える才能が」
そんなものはいらない。脱ぎ捨てないのに離れない呪いに怖気が走る。
「やはり、陛下の目に狂いはなかった」
対してシュリーゼは嬉しそうですらあった。目の前にいる逸材に興奮している。
「あなたが喋れない原因もそれでしょう。耐え難い欲求とそれに屈した自己嫌悪。快感とそれに伴う罪悪感。板挟みの感情は極度のストレスとなりあなたは声を失った。ですがどれだけ否定してもその衝動がなくなることはありません」
それはひどいジレンマだ。
本能的欲求に等しいそれは常に欲求し、一度手を出せばもう止められない。まるで麻薬のようだ。すればするほど我慢できなくなり、すればするほどさらなる興奮を求める。
結果、対象は大きくなり頻度も上がった。虫も動物も殺すことで激しい興奮が全身を包む込む。だがしばらく経つと興奮も落ち着きを取り戻し自身がした悪行に気づく。自分はなんてひどいことをしたのだろうと。もう二度としないと誓いを立てて己を律し、戒めた。
けれど時間が経てば再びやってくる。殺したいという欲求が背後から肩を掴んでくる。最初は無視するけれど強烈な誘惑にいつしか屈し、誓いや戒めをなかったことにして罪深き快楽に墜ちていくのだ。その後になってまた気づく。自身の愚かさと誓いを裏切った薄情さに。
それの繰り返し。自分が嫌いになるのも無理はない。自分が最も嫌いな人種が自分なのだから。
何度後悔して、何度自身を傷つけただろう。大嫌いで残酷な自分へ、せめてもの償いとして左腕を切りつけた。手首で足りなければ腕を、裏で足りなければ表を。すべてを切りつけて、それでもこの思いはなくならない。
最低で、最悪な、
「なぜなら、それがあなただからですよ」
最高の、興奮。
「殺戮王、夏目駆」
それが、自分の正体だった。
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