第340話 ついに、その力に目覚めたようですね

 晴れた日の下で少女の声が高らかに響く。


「いくよー!」


 まだ幼い一花は孤児院の壁面で顔を隠し数をかぞえ始める。それを聞いて秋和や千歌ははしゃいで走り出し駆も慌てて走る。


 八月のこの日学校は夏休みだ。長期休暇の開放感と夏の熱気に包まれて四人は今日も元気に遊んでいた。 


 隠れる場所はどこがいいだろう。駆は純粋無垢にかくれんぼを楽しんでいた。仲間たちと遊ぶ何気ない、けれど楽しい時間。


 駆は隠れる場所を探し建物の裏に回る。ここは建物の影になっているため薄暗い。

 セミの鳴き声がうるさいくらい鳴っている。それを除けばここは無音と言ってもいいくらい静かだ。


 夏の強い日差し。裏の日陰。世界が陰陽半分ずつ分かれている。


 駆は立ち尽くす。だが少し経って思い直す。ここは人気はないが隠れる場所がない。かくれんぼには不向きだ。


 それで来た道を戻ろうとした時、足下に一匹のセミがいることに気が付いた。


 屈んでそのセミを見つめてみる。


 死んでいるのだろうか? 指でつついてみると小さいが反応がある。まだ生きているようだ。だが飛ぶ元気はなく足がわずかに動く程度だ。


 もう長くない。命は風前の灯火だ。生きている状態から死ぬ状態に移るちょうど中間のような状態。


 生死の移行。目の前に命と死がある。駆はセミをつついてみる。まだ生きている。まだ生きている。ではいつ死ぬのだろう。死とはなんだろう。深淵を覗き込むように生を確認していく。


「駆みっけ!」


 が、そこで一花に見つかった。我に返った駆は顔を上げ一花を見る。どうやら夢中になりすぎて時間が過ぎていたようだ。


 見つかった駆はその場を立ち去る。その際落ちていたセミに振り返る。


 セミは、動いていなかった。この間に死んでいたのかもしれない。


 じっと見つめるセミの死骸。


 ――どうせ死ぬのなら


 ある思いが去来する。駆は顔を振って一花の後を追った。なぜ、あんなにも死にかけのセミに引きつけられたのか、その理由も知らぬまま。


 それが一夏の思い出。死を感じた初めての日。


 それが、すべての始まりだったのかもしれない。



 不死王の増援として来ていた悪魔の軍団は恐怖とともに硬直していた。怯えは全身を縛り上げ身動きを封じている。


 それもそのはず。彼らは知ったのだ。目の前にいる少年がなんなのか。勝利の根拠、数の優位がこの相手には意味を成さぬことを。


 無駄。無駄。無駄。すべては無意味。なぜならば。


 相手は殺戮王、すべてを死に至らしめる魔王なのだ。


「撤退だ! 千歌様に報告を!」


 そう言って増援として来た悪魔たちが一斉に退散していく。その様を駆たちは見送っていく。あれほど絶望的な状況だったというのに終わってみれば圧勝だった。


 それも駆のおかげ。デスザルの力に他ならない。


 しかし当の本人である駆は胸を片手で押さえ余裕のない顔をしていた。


 興奮が、自分を塗り替えていく。


 必死に感情を押さえ込む。この感情に身を任せてはいけない。自分が自分でなくなる予感がする。


 強烈な欲望を理性で落ち着ける。


「マスター、ちょっと大丈夫?」


 いろいろ聞きたいことはあるだろうがそれよりも駆の体調を心配してくれる。


 だが駆には返す余裕がない。なかなか熱が引いてくれず目をぎゅっと瞑る。落ち着けと念じ続けた。


 そんな、時だった。


「ついに、その力に目覚めたようですね」


 新たな足音が現れる。


「誰だ!?」


 この場に現れた声の主にヲーが槍を向ける。


 それは、シュリーゼだった。金髪をしたグレーの下地に黒のストライプ柄のタイトスーツ姿の女性。すらっとした体型に変わらぬ冷たい表情。


 突如現れた彼女に全員が警戒する。駆はなんとか顔を上げ彼女を見る。


 彼女を見かけたのはガイグンに殺される直前だ。それ以降姿を見せていなかった彼女がなぜこのタイミングで現れたのか。


 シュリーゼの持つ冷たい空気。だが、この時ばかりは違う。駆を見る目は以前の侮蔑とした色ではなく力強い眼差しだった。


 その彼女がヲーの槍を意に介すことなく口を開く。

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