第11話 決意
昨日沙城さんは俺に思い出してと言った。本来なら俺が知っていなくちゃいけないことを俺は忘れているというならば言っても混乱するだけかもしれない。
「うん」
「そうか」
彼女は俯き理由までは答えてくれなかった。その反応に俺も目線が下がる。きっと、俺が悪いんだよな。
でも、やっぱり彼女には考え直して欲しい。
「君にも事情があることは分かった。きっと、俺が聞いても理解できないほど君は大きなものを背負ってここに来たんだと思う。でも、それでも俺たちと一緒に来てくれ。君と一緒にいたいんだよ!」
「聖治君」
分かる、分かるんだよ。彼女だって必死なんだって。じゃないと戦うなんて選択を誰ができる? 自分の命まで賭けて行おうとする人にどうこう言える資格なんて俺にはない。せいぜい十六年、いや、それ以下しか生きたことがないガキの言い分だよ。
でも、でもだ!
「君にはいろいろ教えてもらった。君がいなければ俺や星都、力也もそうだ、なにがなんだか分からないまま殺されてただろう。君がいたおかげで俺たちは全部じゃないが受け入れられてる。なにより! 君には一度助けてもらった。命を救ってもらったんだ。そんな君が傷つくかもしれないなんて嫌なんだよ。だから一緒に逃げよう。君が傷つく必要なんてない」
それが俺の嘘偽りのない本音だった。
彼女にだってセブンスソードなんて戦いに参加して欲しくない。昨日会ったばかりだが彼女はすでに俺の中で大切な人になっている。そんな人が危険な道を進もうとしていたら止めるだろう、普通。それがわがままだとしても。そうしたくなる。
俺の叫ぶような訴えに、彼女は目を逸らした。
「そんなこと、言わないでよ……。迷っちゃうじゃんか」
「沙城さん」
そのつぶやきに、つい名前を呼んでしまう。
彼女だって本当なら殺し合いなんてしたくない。それが垣間見えた。
彼女は俺から離れるとまだ青い空を見上げる。つられて見てみれば初夏の白い雲が流れていた。
「平和だよね、この世界って」
「え」
彼女は空を見上げ続ける。
「ニュースを見れば交通事故とか政治の話とか、海外じゃ移民の問題とか紛争とか世界平和とはいかないかもしれないけど、日々をこんなにも穏やかな気持ちで過ごせるなんて。学校のみんな、みんな笑ってる。生活に不安や恐怖なんてない、自由で、生きてることが喜びなんだって見てて分かる」
俺の位置からは彼女の横顔が見える。その表情はうっすらと笑っていた。ただ、彼女の雰囲気はどこか儚い。
「それって、とても幸せなことなんだよ?」
いたずらっぽく笑い、俺に視線を寄せる。
「沙城さんは、違うのか?」
聞くと彼女の笑みに陰が差した。
「私は、怖いんだ。毎日が怖かった。日々が苦痛だった。生きることが恐怖だった」
「…………」
「でもね」
そう言って沙城さんが俺に振り返る。
なんでだろう。その時の彼女は、まるで俺が希望の光のように温かな笑みで見つめていた。
「私のそばには、いつだって大切な人がいた。世界中の誰よりも。だから、私は生きてこれたんだ」
彼女は笑ってそんなことを言う。
俺には、その真意が分からない。
「……平和って、いいよね」
彼女は、寂しそうに笑っていた。
*
掃除は終わり俺たちは約束通り四人で集まった。場所はまた屋上だ。ここには俺たちしかいない。
星都と力也を見てみるがやはり表情には陰が差し暗澹(あんたん)としている。きっと俺も同じ顔をしているんだと思う。
四人でここに来てから十分ほど経ったが、それまでずっと沈黙していた。
でも、こうしていても解決しないんだ。
決めなくちゃな。俺は意を決しみんなを見た。
「みんなが今、なにを考えているのかは分かる」
俺が話し出したことで三人が俺を見る。
「セブンスソード。いきなり殺し合いだって言われてショックなのは分かる。俺だってそうだ。でも分かってるはずだ、このまま時間が過ぎるだけじゃ駄目だって。具体的にどうするか決める必要がある」
「うん。聖治君の言うとおり。私たちには時間がない。どうするか話し合わないと」
「でもよ、じゃあどうしようって? やる、やらないにかかわらず結局殺されるんだろ?」
星都の主張も分かる。道は塞がっている。行くも戻るも出来ない。
「みんなにも考えがあると思うがまずは俺から言わせてくれ。まず、俺たちがセブンソードに参加するメリットなんて何一つない。だから逃げるべきだと俺は思う」
この考えを二人に言うのはこれが初めてだ。この答えを聞いて二人は大きく頷いた。
「そうだよな」
「うん、僕もそう思うんだなぁ」
星都や力也もそのつもりのようだ。それだけで俺も安心できる。二人も殺し合いなんて嫌なんだ。そう、誰だって怖いに決まってる。
「ただ」
二人の表情が止まる。俺は沙城さんに向き直った。
「沙城さんには事情があるらしい」
「あ? 参加するって?」
「そんな~」
「……うん」
二人にしてみればショックだろう。俺だってそうだ。沙城さんは自ら殺し合いに参加する気で、知らない人間からすればとてもではないが正気とは思えない。
「私にはセブンスソードでしなくちゃならないことがあるから。だから私は退けない。この儀式で戦う理由があるの」
軽々しく言えることじゃない。だけど沙城さんは言い切った。そんな風に言われ星都と力也は閉口している。
「聖治君たちは逃げて。それが一番いいわ。でも、管理人が現れる可能性は高い。逃げるにしても慎重にね」
自分がこれから儀式に参加するというのに俺たちの心配までしてくれる。
やっぱり、彼女は優しい。俺を助けてくれた時だってそうだ。彼女は自分が死ぬかもしれないのに俺のために戦ってくれた。
そんな人が、これからも一人で戦おうとしている。
俺は、まだ迷ってる。恐怖が暗雲のように心を閉ざそうとしてくる。
でも。
「…………」
どうするべきか、俺自身が決めなくちゃならない。
「彼女はなんでもあるスパーダを手に入れないといけないらしい。それが彼女の理由だ」
「え、それってまさか俺たちの誰かっていう」
「ううん、大丈夫。それはないから。それに倒す必要はないの。相手が同意してくれればついて来てくれるだけでいいし」
「ふぅー。おどかすなよな」
「星都。力也」
改めて二人を呼ぶ。正直、俺の中で答えはまださまよっていた。スナイパーライフルのスコープを覗いているがふわふわと動き的を狙えないような、そんな感じ。
でも、狙う標的はすでに決まっているんだ。あとを意を決めて、引き金を引くだけ。
決めろ、覚悟するんだ。
俺は、胸の中で引き金を引いた。
「俺は、沙城さんと一緒に参加する」
「聖治!」
「聖治君~」
「ちょっと待って!」
俺の発言に一番驚いたのは他ならぬ沙城さんだった。俺のもとまで近づいてくる。
「どうして? そんなの駄目だよ、聖治君は逃げてもいいから」
俺を見上げ必死に抗議してくる。
「説明したでしょう、これは殺し合い。死ぬかもしれないの。私はその覚悟を決めてきた。でも、聖治君は別なんだよね? なら」
「そうだぜ聖治、カッコつけてる場合かよ」
「止めた方がいいよぉ」
そうかもな、みんなの言うことは分かる。正直怖いし俺が覚悟だと思っているものなんて本当はすぐに壊れるガラクタかもしれない。見栄や伊達に命なんて使うもんじゃない。
「沙城さん、俺だって言ったはずだ」
だけど、俺も退きたくないんだ。
俺の胸が、心が、彼女を離すとな言っている。今も叫んでいるんだ!
「君を危険な目に遭わせられない。君にもしものことがあったら嫌なんだよ!」
俺を見上げる瞳に俺も負けじと見つめ返す。
「分からないけど、俺だってよく分からないけど、すごくそう思うんだ!」
思いが溢れて止まらない。彼女を守りたい。彼女を守るためなら、俺が死んでもいい。心よりも深いところ、魂が言っている。
「だから、君が戦うというのなら俺も一緒に戦う」
それくらい思うんだ。彼女は誰よりも大切な存在で、この世界と比べたって大事な人なんだと。
その彼女が戦うというのなら、俺の答えは決まっていた。
「君を、一人にしたりしない。約束しただろ?」
「聖治君」
沙城さんから抗議の声は止まっていた。たとえどれだけ止めろと言われても俺は行く気だ。彼女の目が細められる。そして小声でつぶやいた。
「くう~~、私の彼氏カッコ良すぎぃいい!」
あんまり言わない方がよかったかな。
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