第10話 目的

「ま、あくまでもそれはディンドランでの話だ。俺たちまでそうだとは限らないさ」

「そうだな」


 彼女のスパーダはディンドランという名前だが結末まで伝承のディンドランになると決まったわけじゃない。沙城さんだけじゃない。ここにいる一人とて失ってたまるか。

 すると沙城さんが俺たちのもとに戻ってきた。


「今回のセブンスソードだけど、不審な点がいくつもある。昨日聖治君が管理人に襲われたこともそうだし」

「その管理人っていうのはなんなんだ? 名称から察しはつくが」

「管理人は魔卿騎士団の団員で幹部よ。セブンスソードが円滑に行われるようスパーダの管理をしていて複数人いるわ。具体的には儀式の説明や特に監視ね。セブンスソードを放棄しようとする者、逃走する者を見つけたら不適格として処刑するの」

「逃げられない、ってことか?」

「今大事なのは、私たちがその儀式に参加させられていて、命を狙われているということよ」


 そんな。一気に気持ちが暗くなる。

 考えればすぐに分かることだった。剣が出せたということはそういうことで、愉快なはずがないって。


「加えて、セブンスソードの期限は一週間って決まってる。もしそれを過ぎても決着が付かない場合、昨日会った幹部たちによって処刑が始まる」

「なにもしない、っていうのはできないわけだな」

「うん」


 沙城さんは悲しそうな声で答えた。


「…………」


 彼女の説明はそこで終わった。誰も話す者がいなくなりこの場は無言となる。

 いったいどうしたものか、セブンスソードという想像すらしたことがなかった窮地(きゅうち)に重苦しい空気だけが圧しかかる。

 そこで予鈴が鳴った。一気に日常に引き戻され俺たちがいるのが学校なんだと思い出された。


「……とりあえず、今は戻ろうか。時間が必要だと思うし」

「そうだな。ここにいても解決するものじゃない」


 俺たちは教室に戻り、ホームルームを受けた。

 それから無事平穏に授業を消化していく。今も黒板の前で国語の青山先生が授業をしている。それを黙々とノートに写していく。

 でも、心ここにあらずというか、全然集中できなかった。

 それで午前の授業は終わり俺たちは三人机に揃い昼食を食べていた。


「…………」

「…………」

「…………」


 売店で売っていた調理パンを口に運ぶ。いつもおいしく感じるそれが今日は味気なく感じた。それは星都や力也を見ていても分かる。真剣な表情で黙々と食事を続けている。会話はなく空気は重苦しい。

 ふと沙城さんの机を見る。人気者らしく周りには数人の女子に囲まれていた。彼女たちの会話に合わせ気丈にも笑顔を浮かべている。けれど会話が切れるとすぐに寂しそうな表情を浮かべ馴染んでいるようには見えなかった。


「なあ」


 星都の声だ。沙城さんから視線を元に戻す。


「さっきの話だけどさ、正直どうよ?」

「どうって」

「だからよ」


 星都は言いにくそうに次の言葉を渋る。


「俺たちで、その」

「ああ、そうだよな」


 言われなくたって分かってる。俺たちで殺し合いをしろってこと。しなければ一週間後に殺されるってこと。

 最悪だ。いきなり人生のどん底に叩き落されたようだ。こんな状況に立たされて平気なわけがない。


「どうすればいいのか、なにをすればいいのか、それは俺には分からない。分からないことだらけだよ。はっきり言って混乱している。今、俺が抱いている感情すらうまく言えない」


 これが恐怖なのか、それとも悲しみなのか、それとも怒りなのか。ごちゃまぜになった感情は俺でも正体がつかめない。


「でもさ」


 二人を見る。俺の話を真剣に聞く二人の顔を見て、これだけは言える。


「俺たちでそんなことするなんて、あり得ないだろ」


 この三人で殺し合い? 星都も力也も俺の大事な友人だぞ? あり得ないね。脅されても金を積まれてもそれだけはない。


「だよな!」

「うん!」


 二人の顔がパッと明るくなる。俺も同じだ。二人の気持ち、すげー分かる。俺たちは互いの肩を掴み三角の円陣を組んだ。


「うん!」


 言葉はいらない。すでに思いは伝わっている。殺し合いなんてしない。それは絶対だ。


「でもよ、それならそれでどうするんだ?」


 腕を解き元に戻る。


「うーん」


 考えるが答えはパッと浮かばない。


「それに関しては放課後またみんなで話さないか、沙城さんも入れてさ」

「そうだな」

「うん、僕たちだけよりそっちの方がいいよね」


 俺たちは放課後沙城さんを誘くことにしてそれまでの間答えを考えておくことにした。

 それからその日の授業は終わり俺は廊下の掃除当番だったので掃除をしていた。そこでふと教室に目をやると沙城さんがなにやら困っている風で立ち尽くしている


「沙城さん、どうかした?」

「あ、聖治君」


 沙城さんはゴミ箱の前で立っている。手には縛ったゴミ袋がある。


「ああ、ゴミ捨て場か。廊下の掃除は終わったし案内するよ」

「ほんとに? ありがとう」


 俺は彼女と外に出てゴミ捨て場へと出た。昇降口のすぐ近くにあり俺たちが来た時には周囲には誰もいなかった。こじんまりとした場所で昇降口の影になっている。

 沙城さんはゴミ袋をコンテナに入れる。そんな彼女の姿を後ろから見つめていた。

 思えばこうして彼女と二人きりになるのは昨日ぶりか。期せず二人きりになったわけだが、今の内に言っておいた方がいいかもな。


「その、昨日のことだけどさ」

「え」


 俺に声を掛けられ彼女が振り返る。なんだか緊張しているみたいだ。俺は小さく笑ってみせた。


「ありがとう、助かったよ。沙城さんは命の恩人だな」

「そんな!」


 沙城さんは慌てた様子で両手を振っている。そんなに否定することないと思うが。実際そうなんだし。


「聖治君は大丈夫?」

「大丈夫?」

「セブンスソードのこと。きっと動揺してると思って」

「ああ、そっちのことか」


 怪我のことかと思ったけどそれは沙城さんのスパーダに治してもらったからな。

 彼女の質問。朝聞かされた内容だが、率直に言って衝撃的だった。今も整理なんてついてない。知らされた真実は辛すぎて、現実逃避だってしたくなる。


「動揺してるよ。かなりまいってる」


 俺は顔を逸らし、「はは」と苦笑した。


「そっか。でも、言うほど見た目には出てないよね。自制ができててすごいと思うよ。さすが聖治君」

「なにがさすがなのか分からないけど、そんなことないよ。こうしていられているのはきっとここが学校で、沙城さんや星都、力也がいるからだ。俺だけがパニクってさ、醜態晒すわけにはいかないだろ」


 実際、これが一人だったらどうなっていたんだろうな。こんな冷静じゃいられなかったはずだ。


「沙城さんの方がよっぽどすごいよ。俺たちの知らないことたくさん知ってるし」

「私は、ちょっと特別だから。本質的には聖治君たちと変わらないよ」

「そうは思えないけどな。しっかりしてるよ」


 俺たちは小さく笑い合った。互いに相手を褒めてなんだか恥ずかしい感じだ。

 沙城さんは笑顔を退かし、表情を引き締めた。


「聖治君は、これからどうするの?」


 その問いに俺も持ち上がっていた口元が下がる。


「俺は……」


 それは今後のこと。セブンスソードのこと。

 すぐに答えることができない。どうすればいいのかなんて、そんなのすぐに決められない。授業中も休憩中もずっとそればかり気になっていたけれど頭は不安なだけで答えに自信なんて持てない。

 でも、決断しないと。

 この危機に、どうするか。


「俺は、みんなで逃げるべきだと思う」


 それを、言ってみた。

 セブンスソードとか殺し合いだとか突然言われてはいそうですかとなるわけがない。それもあるが、なによりあいつらと殺し合えって? それこそあり得ない話だ。


「星都や力也は友達だ。ホムンクルスとか人造人間とかで記憶は作り物かもしれないけどさ、俺は二人が好きだし俺たちの友情までは作り物なんかじゃない。三人で過ごした時間は本物だからだ。そんな二人と殺し合うなんてできないし、する気もない」


 だから、これが俺の答えだ。沙城さんの話では俺みたいなのは処刑対象みたいだが、気持ちはこの一択だ。問題がないわけじゃないが、進むならこの道しかないって思ってる。

 俺の答えを聞いて沙城さんは頬を緩ませた。


「うん」


 認めてくれたんだろうか、俺の答えを。それなら嬉しいけど。


「もちろん沙城さんもだ。一緒に逃げよう」


 それは俺たち三人だけじゃなく沙城さんもだ。彼女だってこんな殺し合いしたくないだろうし。俺たちにいろいろ教えてくれたことからも彼女が積極的じゃないのは分かる。

 なら一緒にいた方がいい。

 だけど、彼女は顔を横に振った。


「私は、駄目なんだ」

「どうして!?」


 そのまま背を向けた。てっきり一緒にいられると思ったのに。どうして駄目なんだ。

 彼女は背中越しに言ってきた。


「ここでやらなくちゃならないことがあるの」


 彼女の声は悲しそうだったけれど、譲れない決意のようなものがあった。


「それは? いったいなんなんだよ、殺し合いの儀式に参加してまですべきことって」


 分からない。いくら彼女が俺たちと違うからといってそんな理由があるか?

 命だぞ? 殺されるかもしれないんだぞ? いったい、どんな理由があればそんな決意を抱けるんだ。


「失われた二本のスパーダ。私は、それを持ち帰るためにここに来たの」

「失われた、二本のスパーダ?」


 俺の疑問に、彼女は答えてくれた。

 どういうことだろう、言われてもピンとこない。


「そのうちの一本は見つけて、私の中にある」


 彼女が自分の胸に手を当てた。半身だけ振り返る。彼女の横顔は真剣そのものだった。


「残りの一本を見つけないと。だから、私は行けない。逃げるなら聖治君たちだけでお願い。私はここに残る。そして、最後の一本を探してみせる」


 なぜその二本を探すのかその理由は分からないけれど、彼女はその残りの一本を探している。それが彼女が戦う理由。そのために彼女は命を賭ける覚悟でここにいるんだ。

 それはすごいと思う。でも!


「そんなの駄目だ!」


 彼女が語る覚悟を湧き上がる感情が塞ぐ。


「それで君にもしものことがあったら? 死ぬかもしれないんだぞ?」


 わがままだって分かってる。でも、危険過ぎる。セブンスソードは七人の殺し合い。それに一人で挑むなんて。


「でも、これはしなければならないことなの」


 沙城さんが俺を見上げる。その瞳は力強かった。


「どんな理由だよ、命をかけてまでするなんて」

「…………」

「言えないのか?」

「…………」

「それは、俺が忘れてるからか?」

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