第9話 聖杯の伝説

「大丈夫か星都!?」


 星都は手を抱えて座り込んでいる。


「無闇に触れちゃ駄目だよ」

「くぅ~、どういうことだよ。すごい衝撃だったぞ、軽いなんて嘘だろ!」

「鉄塊王グランは力を司るスパーダ。それで重力の影響を操っているのよ。それなら重くても簡単に持てるし」

「説明書くらいつけとけよなッ」

「いや、軽率なお前が悪い」

「んだよ冷たいぞ相棒!」


 座り込んだまま星都が見上げてくる。


「待ってて」


 星都の正面に沙城さんが座ると、スパーダの刀身を星都の手に近づけた。


「ディンドラン」


 刀身が放つ桃色の光が星都の手を包む。


「お、おお」


 しばらくして星都は立ち上がった。手のひらを開閉している。もう痛みは引いたようだ。


「これがさっき言っていた回復の能力。怪我はもう大丈夫?」

「お、おう、ありがとな」


 まったく、人騒がせなやつだ。星都は自分の手を不思議そうに見ていたがこれで信じたようだ。


「詳しいんだね」


 俺は沙城さんに振り向いた。見ただけでは今の現象は理解できなかったはずだ。前もって知っていたとしか思えない。


「うん、まあね」


 やっぱり、彼女は特別な存在なんだな。


「じゃあ、今度は聖治君の番だね」

「俺?」


 力也が俺に促してくる。そうだよな、今度は俺の番か。

 最後になってしまったが俺もスパーダの一人なんだ。星都も力也も出来た。なら俺だって出来るはず。

 俺も三人に倣って目を閉じた。意識を集中させる。

 スパーダは念じるだけで出せる、か。

 どんな形かは分からない。色だって分からない。

 でも、昨日襲われた時に感じた。この体の中に引き抜く力の存在を。きっとあれがそうなんだと思う。

 自分の力であり、戦うための力。昨日出せなかったあれを出してみせる。

 水中から引き上げるように、俺はその名を告げた。


「来い、神剣・パーシヴァル!」


 それは形となって、この世界に現れた。

 目を開ける。まぶしい光に照らされて前が見えない。その光は徐々に消えていき視界が色を取り戻す。


「これが」


 そこにある剣を、手に取った。

 それは黄色い剣だった。刀身に掘られた紋様、鍔には凝った装飾が施されている。無骨な剣というよりはまるで美術品のような美しさがある。

 しかし、それは半身だけだった。刀身が何故か半分だけの変わった剣だ。


「これが、俺のスパーダ」


 見入ってしまう。この剣が持つ神秘さや、その美しさに。


「ずいぶんと豪華なのが出てきたじゃねえか聖治、満足だろ?」

「ああ、予想以上だな」


 まさかこんなのが出てくるなんて。なんか一安心だ。俺だけしょぼかったら悔しかったからな。


「パーシヴァル?」


 そこで沙城さんが近づいてきた。


「聖治君、そのスパーダ見せてもらっていいかな」

「うん、別にいいけど」


 沙城さんに見えやすいようにパーシヴァルを持ち上げる。彼女はまじまじと剣を見つめていた。


「そっか」


 なんだろ、俺のスパーダはなにか問題でもあるのか?


「ううん、ごめんね。なんでもないの」


 そう言うと沙城さんは顔を離した。なんだったんだろうか、ちょっと不安になる。


「全員出せたみたいだね」


 沙城さんの一言にみんなが注目する。彼女のことを疑う者はこれでいなくなった。


「これが私たちの力。セブンスソードを戦うために与えられたスパーダよ」

「転校生、あんたの言ってることが本当だっていうのは分かった。疑って悪かった。ただよ、ホムンクルスってどういうことなんだ? たとえば親とか知ってるのか?」

「うん、それのことなんだけどね。みんな学生寮で住んでるよね?」

「どうしてそれを。まさか」


 俺たちは学生寮に住んでいるのはそれぞれ事情があるからだが、話の流れからある予測が立つ。

 俺の反応に沙城さんが頷いた。


「そう。私たちに、はじめから親はいない。ぜんぶ作られた記憶だけの存在で、実際には存在していないの」


 彼女の言うことに言葉を失う。

 すると星都が携帯を取り出しどこかに電話を掛けだした。それを見て俺もスマホを取り出す。電話帳から実家の番号を探しすかさず掛けてみる。

 この時間なら父親はいないが母さんならいるはず。

 だがいくら待っても応答はなかった。

 仕方がないのでスマホを切る。他の二人を見るが俺と同じようで顔を横に振っている。


「状況証拠しかないのは決め手に欠けるが、これも本当なんだろうな」


 さすがの星都も寂しそうだ。特別な力というのに浮かれてはいたが、それ以上にこの現実は重くのしかかる。


「心苦しいけれど、信じてもらえたようでそれはよかった。辛いよね……。でも私たちはセブンスソードに参加していてそれどころじゃないの」

「話が脱線してしまったが、そのセブンスソードっていうのは? 団長を新しく作るという話だが」

「そう。団長創造の儀式。それこそがセブンスソード。私たちと同じスパーダを七人集め、そして」


 沙城さんはそこで言葉を切ると、重苦しく続きを言った。


「殺し合いをさせ、最後の一人を団長とするの」


 俺は自然と星都と力也の顔を見ていた。二人も同じようで、信じられないように俺たちは見合った。


「私たちスパーダにはスパーダを出すだけでなく、もう一つの能力がある。それが死者の魂を吸収し、その者の能力が使えること。セブンスソードはスパーダの争奪戦でもあるの。最後の一人は七本のスパーダを手に入れ、それを以て団長とするの」


 淡々とした説明がされる。あえて感情を抑えた言い方だった。沙城さんの表情は暗く辛そうだ。


「気持ちは分かる。私も同じ気持ちよ」


 殺し合いをしなければならない。

 殺す? ここにいるみんなで? 友達同士で?

 殺す? 殺されろって?


「でもよ!」


 星都が食いつくよう言った。


「俺たちがその団長になるべく作られたって説明だけどさ、おかしいだろ。その参加者である俺たちがなんでそれを聞かされていないんだ? いきなりそんなこと言われても戸惑うなんて分かり切ってるし、覚悟なんて決められるわけないだろ。こんな状態で戦えなんて、できるかそんなこと!」

「うん。私もそう思う」


 星都の反論に沙城さんも力強く賛同した。これには彼女も思うところがあるようで顎に手を当てている。


「私たちにロクに説明もしないでセブンスソードの開始。それに昨日の管理人……」


 沙城さんは俺たちから少し離れるとその場で右に左に歩いている。


「聞いていた話とずいぶん違う。この時代になにが……」


 どうも沙城さんにも分かっていないことがあるようだが俺たちではアドバイスのしようがない。この件に関しては完全に沙城さん頼りだ。


「神剣パーシヴァルにディンドランか」

「どうした星都」

「いや。ただお前と転校生ってなにか関係があるのかなってさ」

「どうしてだよ」


 どこでそう思ったんだ? 昨日呼び出されてした話はしてないはずだが。


「パーシヴァルってあれだろ? 聖杯探索に出かけた三人の騎士だろ」

「聖杯探索?」


 どっかで聞いたことがある気がするが全然分からん。


「あれだよあれ、アーサー王伝説に出てくるやつ。聖杯を探すための旅に三人の騎士が出て行って見事見つけるんだ。そのうちの一人がパーシヴァルっていう円卓の騎士なんだよ」

「へえ、お前よくそんなこと知ってるな」

「ゲームでよく出る名前だからな」

「星都君ゲーム好きだからねぇ」

「なるほど」


 こいつがまさかの読書家かと思ったがそんなことはなかったか。


「それと沙城さんのスパーダがなにかあるのか?」

「ディンドランっていえば作品にもよるがパーシヴァルの姉だよ。三人の騎士に助言を与えて旅を支えたのさ」

「今の状況そっくりだ」


 俺と星都に力也。俺たちがその三騎士なら沙城さんは間違いなくそのディンドランだ。聖杯はさしづめゴールといったところか。


「その伝説通りなら沙城さんに任せとけばゴールまでたどり着けるかもな」

「いや、そうはならねえ」


 星都に振り返る。星都は声を若干固くした。


「ディンドランは旅の途中で命を落とす。聖杯を一緒に見つけることは出来ないんだ」

「……そうか」


 歩きながら考え事をしている彼女を見る。今もこうしていろいろ教えてくれる彼女だがそれでも無敵というわけではない。昨日は助けてもらって感謝もしている。でも、結果だけ見れば彼女は敗北していたんだ。

 無事なんて保証は誰にもない。誰にもだ。

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