第2話 裏世界

家に帰るといつもは用意されているはずの昼食が用意されていなかった。

母親の姿は見えなければ、父親は自分の部屋で籠っているようだった。


…仕方ないので、インスタントラーメンで済ますことにした。

うちの母親の手料理は天下一品…というほどに凝っていて、父親も私も舌鼓を打つ他なかった。

だが、この少しおかしい世界では料理を作ってはくれないみたいだ。

…徐々に不満が募る。


そんな気持ちを解消するものは無いかと思い、ふとテレビをつけてみると見たことも聞いたこともないようなニュースが流れていた。


…―…


『速報です。千葉県、松戸市にて新たな塔が出現したとの報告がありました。昨年、新たに設立された【特異観測省とくいかんそくしょう】が正式に動く初の機会ともなり、これまでに国内で発見された塔はこれで4つ目となるそうです―』


…―…


ニュースいわく、2020年の9月23日に初めて発現した得体の知れない塔。

その名も【絶塔ぜっとう】というらしい。

今は、2022年の6月。

…と、いうことは約5ヶ月に1つ塔が発現している計算になる。

【絶塔】は1番上が雲の上よりも高く、その未踏の地を観測しようとしても映像機器は破損するし、見ようとした人は激しい頭痛と吐き気、そして目まいを覚えて気を失ってしまうらしい。

では、普通に登れるのかというと今までに踏破された記録は残っていないとのこと。

…登りきるのはほとんど絶望的なのだろう。

そもそも、内部に侵入しようと試みると…何が元になっているかは分からないということだけれど、選定が行われるらしい。

選ばれた人間は超常的な力を手に入れ、【絶塔】の内部から出てくる【魔物】とやらとも戦える。

…それに対して選ばれなかった人間はまるで塔から弾かれるように一切の侵入を許されない。


というか魔物?

…スライムとかのことだろうか。

あとは…ゴブリンとかが定番か。

ラノベとかだとそこら辺は弱い魔物扱いされやすいが、実際に遭遇したらそれ以外の生物なんて温くなってしまうと思う。

武器を持って襲ってくる半裸の蛮族と体を溶かそうとしてくる謎の生命体。

これだけ聞くと、地球外のお話のように感じてしまう。


と、テレビをつけて少し考え込んでいると父親が部屋から出てきた。


「…」

「…」

「父さん、おはよう」

「…」


顔を見ると、以前の父親では全く考えられないような風貌をしていた。

髭はそられていない、服はくしゃくしゃのスーツのまま、酒の影響で上気したであろう頬。

じっと見ていると、声をかけてくる。


「…何見てんだ?顔に珍しいものでもくっついていたか?」

「いや、何でもない」

「…そうか」

「お酒は程々に―」


と、言及しようとすると先程まで生気のなかった顔が豹変する。

目は見開き、血走った目でこちらを凝視する。

口の両端はつり上がり、狂った笑顔を見せる。

上気していた頬は、顔全体まで赤みを帯びる。


「お前に言われる理由はないッ!」

「…それは?」


お酒のことは詳しくないが、海外のお酒なのだろうか。

…ただ、持ち方がおかしい。

まるでバットを持つような―


「―この、化け物がァ!」


そう言うと、ボトルをこちらへ振りかざす。

当然、当たるつもりもないのでボトルを出来るだけ優しく持つ。


「…何で私が化け物扱いされなきゃならないの?」

「ッ!…どの口がッ!」


今度は体を仰け反らす。

ただ、足を押すようにして蹴りあげる。

すると、頭突きでもしようとしたのか頭から壁の方に突っ込んでいく。


―と思った。


すぐさま体を捻り、着地をする。

そして、少し顔を上げて睨む。


「こっちはな…塔にまで行って【覚醒済オーバー】なんだよ。何で【選定済チェック】でもないお前が【覚醒済オーバー】よりも強くなくちゃいけないんだ…!」


知らない単語も混ざっているが、どうやら元の私はとんでもない強さだったらしい。

…じゃあ、何で私が呼ばれたのだろう?


「…知らないよ」

「…チッ!舐めやがって…」


そう言うと頬をいくらか正常な状態に戻して部屋に戻っていった。

…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―

翌日、目が覚めると日にちが変わっていなかった。

スマホやテレビ、どのような機器を通しても昨日と思っていた丸1日の記録はない。

部屋から出てリビングまで行くと、いつも通りご飯が用意されていた。

キッチンから聞こえてくるのは洗い物の音。

いつもの音だ。


「母さん、おはよう」

「〜♪…あら?起きてきてたのね!気づかなかったわ、ごめんなさい」

「ううん、さっき来たところだったし大丈夫」

「ごめんね、ご飯は出来てるから先に食べといて良いわよ」

「わかった」


いつも通り家事を丁寧にこなして、父親とも仲睦まじい関係を見せつけてくる母親の姿があった。


―今度向こうに行けるのはいつだ?

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