第43話 ユーリの欲しいもの ※リカルドside

「……ユーリ様は、私にリカルド様の妻になれと仰いました」



 ユーリが王都で見かけて好きになったという菫色の髪のご令嬢は、思いもかけぬことを口にした。



「は? 何それ? 君たちまだそんな感じなの?」

「まだも何も、ユーリ様はあなたの身代わりだったんです! 私がいくらユーリ様のことを想っていたって、それ以上どうしようもないんです!」

「おかしいなあ、もう少し進展してるかと思ったんだけど」



 ウォルターからの報告では、二人で食事をしたり出かけたりして仲を深めているっていうことだったんだが……ユーリは、カレンと同様にこのリゼット・ヴァレリーのこともそんなに好きじゃなかったのか?



◇◇◇◇◇



 ユーリは自分に自信がないのか、何でもかんでも僕に譲る。


 辺境伯のポストだって、本当は僕よりもユーリの方がふさわしい。それなのに突然辺境伯に任命された僕に対して何の不平不満も言わず、嫉妬の感情のかけらすら見せない。「辺境伯としてきちんと役目を果たせ」と、僕に偉そうに諭してくる。


 ユーリは、恋愛についても消極的だ。

 幼馴染としてずっと一緒にいたカレンが初恋相手だというのは納得できる。真面目一辺倒のユーリが、長い時間一緒にいるカレンを差し置いて他の女性を優先するわけがないから。そんなことしたら、カレンに申し訳ないという謎の罪悪感を抱くだけだろう。


 シャゼル家で、継母に育てられ、兄からも距離を置かれたユーリ。

 幼い頃に唯一心を許せる母親を亡くし、誰も味方のいない貴族の世界にたった一人で飛び込んできた。母親ゆずりだという亜麻色の髪はとても美しく、どこかしら儚い。

 常に周囲の人の表情を伺うユーリの存在を大切にしたいけど、彼が悩み苦しむ姿も見たい。


 そんな複雑な気持ちを持ったまま、僕とユーリは幼馴染として共に成長してきた。


 騎士学校に入りたいのに父親に強く言えないユーリを見て、どうしても一緒に過ごしたかった俺は一芝居打った。泣きながら「ユーリと一緒に騎士学校に通いたい」とごねて、自分の希望を通したのだ。


 騎士学校で二人の濃密な時間を過ごすはずが、ユーリはカレンに初恋をした。


 なんだ、そうか。ユーリは俺よりもカレンが好きなんだ。


 そして僕は、ユーリのことが好きなのかな。自分の気持ちはよく分からなかった。ユーリのことを大切にしたい気持ちと、苦しめてやりたい気持ちが僕の中に共存する。


 無性に腹立たしくて、カレンを奪った。というより、カレンの方からこっちにやって来たと言った方が正しいのだが。ユーリは本当にカレンが好きなのか? 本当に好きなら、俺に怒ってカレンを取り戻そうとするはずだ。


 でもアイツはすぐにカレンを諦めた。別に悩み苦しむこともなくあっさりと。


 元々、僕は騎士団になんか入りたくなかった。自分の好きな道に進みたかった。騎士団入団の時点で父に反抗することもできたが、二人そろって騎士団に入るユーリとカレンの二人を放っておくことになるのが癪だった。

 結局そのまま僕も騎士団に入団し、ロンベルク騎士団に配属。魔獣が出た時には共に森に入った。


 騎士には身分なんて関係なく平等だ。真面目に訓練をしてなかった僕は後方部隊。ユーリは前線に。


 ユーリのことが心配で、考え事をしていたところに魔獣に襲われて大ケガをした。


 なぜかロンベルク辺境伯に任命された。僕よりユーリの方が前線で頑張ったのに、僕が国王陛下の縁戚だからと、無理矢理理由を付けて取り立てたんだ。


 辺境伯はユーリがやるべきだ。ユーリはもっとみんなに認められるべきだ。なぜ母親が平民だっていうだけで、アイツが虐げられないといけないんだ。



◇◇◇◇◇



「まあまあとにかく、ユーリが本来手にすべきものを手にできるようにするのが、僕の失踪の目的。辺境伯の地位をユーリに……って思っていたんだけど、ユーリが欲しいのものがもう一つあったんだよね」

「もう一つ?」

「それが君だよ。だから、ウォルターが君とユーリの間が上手くいくように色々画策してたでしょ?」



 今、僕の目の前にいるリゼット嬢は、どうして首をかしげているんだろう。


 あの奥手で真面目なユーリが、王都で見かけただけの話したこともない女性に惚れたんだぞ? アイツが一晩中机に向かって頭を抱えながら、恥ずかしい手紙まで書いたんだぞ?

 今まで何もかも諦めてきたユーリが、君のことだけは諦められずにロンベルクに留めていたことをどう思ってるんだ?


 僕の話が理解できないといった様子のリゼットは、暗い表情のままうつむいた。



「……確かにユーリ様からお手紙を頂いたことがありました。でも今のユーリ様は、カレン様のことをお好きなんです」


(…………は?)


「カレン様がハッキリ仰ったんです。ユーリ様が欲しいのは私ではなく、カレン様なんじゃないでしょうか。私に優しくしてくれたのはあくまでも、身代わりじゃないかと疑われないための演技で」



 ごめん、ちょっと吹き出してもいいかな?

 恋愛初心者だからと言って、いくらなんでも間抜けすぎないか? ウォルターがあれだけお膳立てしてあげたのに、ユーリったら完全に大失敗してるよ。



「君は全然分かってないんだなぁ。まあいいや。ユーリのことは置いといて、まずはあっちを片付けよう」

「あっちとは?」

「毒を盛った犯人たちを、国王陛下にきちんと裁いてもらわないとね。ウォルターに連絡してソフィを王都に連れ戻すように言ってあるんだ」



 僕の目の前の女の子は、真ん丸の目をくるくる動かしながら必死で理解しようと頑張っている。ウォルターが実は僕と繋がってたなんて知らなかったんだろうから、驚くのも当然だ。


 真っすぐで素直で、目の前にあることを全て受け止めようとする誠実な子だ。ユーリが彼女を好きになるのも分かる気がした。 

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