第42話 失踪の理由

「とにかく、洗いざらい全て教えていただけますか?」

「いいよ、何でも答えるよ。どこから説明する?」

「えっと、じゃあ、リカルド様はなぜロンベルクから失踪なさったんですか? お仕事が嫌だったんですか? それとも結婚するのが嫌だったんですか?」



 彼は私の質問を聞いて大声で笑い始めた。



「……いやいや! 僕が逃げる理由なんていくらでもあるでしょ! 僕は第二王子を守ったわけでもないんだよ、たまたま盾になっちゃっただけ。それなのに勝手に辺境伯に任命とか、ひどいよ陛下。あの戦いをまとめたのは全部ユーリだよ」



 リカルド様曰く、魔獣征伐を命じられたロンベルク騎士団は、第二王子を司令塔として森に入った。騎士学校の同期だったリカルド様、カレン様、そしてユーリ様も所属していた。戦いは一進一退を繰り返し、最後に数匹残った魔獣との戦いは熾烈を極め、ユーリ様の舞台が最も前線で戦っていた。

 

 第二王子の隊は前線から離れていたが、前線の戦いから逃れた魔獣が一匹追われてその隊の近くまで来てしまった。すっかり油断していた隊は応戦準備をする間もなく攻撃を受けてしまい、たまたま第二王子の近くにいたリカルド様がケガをした。


 リカルド様が襲われている最中に、仲間が背後から魔獣を斬って倒したらしい。


 ユーリ様やカレン様たち前線の隊は最後に残った魔獣を封印して戦いを終えたものの、結果として一匹取り逃がしたことで第二王子に危険が及んでしまった。最も命を張って戦ったユーリ様たちの評価は変わらず、たまたま隣にいただけの自分の評価だけが上がってしまい、辺境伯など任されることになってしまった。



「いやあ、どう考えても無理でしょ。ケガして怖くなっちゃったからもう戦いたくないし、せっかく命かけて頑張ったユーリが何も評価されないっておかしいと思わない?」


「え……ええ、それは確かに……。でも、話をそらさないでください! だからといって、任務を投げ出して失踪というのは良くないわ。ユーリ様だって、苦肉の策であなたの身代わりを」



 何だかこの人と喋っていると煙に巻かれそうになるけど、逃げる以外にも色々とできることはあったはずだ。それにこの人のせいで、ユーリ様も私も随分振り回されたのだ。



「君、分かってないなあ。辺境伯にふさわしいのは僕じゃなくてユーリ。仕事だって完璧だし、こうして勇敢に魔獣に挑みにいくじゃん。ユーリ最高だと思わない?」


「…………その部分だけは意見が合いますね」


「僕が国王陛下に泣きついたところで、ユーリの評価は簡単には変わらない。身分もあるしね。でも、僕が失踪してる間にユーリが全部取り仕切ってたことが分かったら、どう思う? やっぱり重要なのはだよねえ」



 飄々としたリカルド様の態度。彼の本当の目的は何なのか、私にはやはり見えて来ない。



「大丈夫大丈夫! ユーリがちゃんと身代わりを果たせたら、僕の代わりに辺境伯に任命してもらえるよう、国王陛下と交換条件にしてるんだ!」


「陛下と、交換条件ですか?!」


「そう! 国王陛下って、僕の伯父さんなんだよ。僕の母が現王妃様の妹だから。本当はユーリの方から『辺境伯は俺がやる!』って言って欲しいんだけどね」


「……私が聞いていた話と違います。国王陛下は、リカルド様自身が辺境伯を務めることを望まれていたのでは? そうでなければシャゼル家は存続の危機だと」


「だからこうして直談判に来たんじゃないか。僕はシャゼル家がなくなったって別に構わないけど、ユーリのためにはそういうわけにはいかないからね。国王陛下だって、ロンベルクがちゃんと守られて、縁戚である僕が真っ当に生きてればそれでいいんだよ。僕が辺境伯である必要はない。まあ、僕を辺境伯から外してユーリを任命するためには、それらしい対外的な口実が必要だけどね」



 ひどい。ユーリ様だってウォルターだって使用人の皆さんだって、もちろん私だって、みんなリカルド様の失踪に振り回されたのだ。こうして皆の知らないところで国王陛下と取り引きして、悪びれもせずに王都にいるなんて。

 ユーリ様とカレン様が、ずっとこの人の尻拭いをしてきたのだと思うとゾッとする。



「ユーリ様は、シャゼル家の取り潰しを避けるために身代わりを買って出たんです! リカルド様が取り潰しも構わないと考えているとか、こうして辺境伯を譲る口実づくりのために国王陛下と交渉されているなんて知ったら……。ユーリ様のお気持ちは一体どうなるのですか?!」



 怒りに任せてまくしたてた私に、リカルド様は口を尖らせてボソッと呟く。



「……ユーリの気持ちだって? その言葉はそっくりそのまま君にお返しするけど?」

「私にそのまま言葉を返す……? 私がユーリ様の気持ちを分かっていないということですか?」

「でしょ? だからここにいるんだよね? まさか僕と離婚して一人で王都に戻ろうって魂胆?」

「……うっ」



 私が夫だと思っていた人はリカルド様ではなく、身代わりのユーリ様だった。魔獣出没のせいで、確かに最後はきちんとお話はできなかったけど、私はちゃんとユーリ様の気持ちは確認した。


 ユーリ様は、私に『リカルド様の妻になって欲しい』と言った。


 それに、私は立ち聞きしてしまった。ユーリ様はカレン様のことがお好きだったんだと。


 勢いに任せてとは言え、私はユーリ様への気持ちを伝えたのに、彼は私を拒んだ。これ以上、私に何ができたの?


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