第40話 リカルドの依頼 ※ユーリside

「ユーリ様……目を覚まされましたか?」



 ウォルターの低く穏やかな声に引っ張られ、意識が徐々にハッキリとしてきた。見たことのあるような無いような天井が目に入り、少し視線をずらすと丸メガネのウォルターがニッコリと微笑む。



「……ウォルター、ここは?」

「ロンベルクのシャゼルの屋敷ですよ。リゼット様の部屋の隣の寝室です。背中の痛みはいかがでしょう?」


 身体に力を入れると背中に引きつったような痛みが走ったが、起き上がれない程でもない。腕をベッドについて半身を起こそうとすると、ウォルターが慌てて止めた。



「屋敷に戻って気を失われてから一週間程経っております。ケガはだいぶ良くなってきていますが、油断するとまた傷が開きますのでゆっくりなさってください」


「ゆっくりしている場合じゃないだろう。ウォルター、リゼットが王都に戻ったと言っていなかったか……?」



 気を失う直前、救護所の中で確かに聞いた。リゼットが王都に戻った、と。


 リゼットにとって王都に戻ることは、ただの里帰りではない。ましてや彼女がもしリカルドと離婚するつもりだったとして、それを真正面からヴァレリー伯爵に告げたら……?



「ウォルター、俺も王都へ行く」

「その傷では無理です」

「何を言ってるんだ? ヴァレリー伯爵やソフィの元に、簡単にリゼットを帰したお前が言うな!」



 自分の声がズキズキと背中に響いた。でも、こんなところでのんびりしている場合じゃない。リゼットがどんな目に合うか分からないのだ。



「……ソフィ様なら、この屋敷にいらっしゃいます」

「…………は?」

「ソフィ様ご本人が、自分の足でここに来られたのです」


 ウォルターが口にしたソフィとは、あのソフィ・ヴァレリーのことを言ってるんだよな?



「ソフィ・ヴァレリーは、今どこに?」

「……地下シェルターに閉じ込めております」

「シェルターに……? ちょっと待て。頭が付いて行かない。整理して状況を説明してくれ」



 ゴホンと咳払いしたウォルターは、俺に一通の手紙を渡した。



「まずはこちらをお読みください」

「手紙か。誰からだ?」



 封筒を裏に返して差出人を見る。



「リカルド……リカルド・シャゼル? 王都から? アイツ王都にいるのか?!」



========


ウォルターへ


ドルンスミレの毒の件の報告をありがとう。こちらでも既にヴァレリー伯爵家へ調査に入っている。ヴァレリー伯爵夫人の点滴から、ウォルターの報告にあったドルンスミレと同じ成分が検出された。


伯爵家の主治医がドルン出身の男で、使用人のシビルと娘のソフィ・ヴァレリーと結託して伯爵夫人に毒を盛っていたということで間違いない。


主治医はしばらく泳がせて、ドルンの自宅を突き止めたところで捕えてある。医者というのは真っ赤な嘘で、実際は染物稼業の男だった。染物用のアルヴィラのついでにドルンスミレも採集し、大分昔から自宅でスミレの毒性を強める加工を研究していたようだ。証拠も多々そろっている。


主治医が逃げたことに焦って逃走しようとしたシビルも捕まえたが、ソフィには逃げられてしまった。


もしソフィがそちらに逃げたら、王都に連れて来てほしい。日時はまた連絡する。


それまでシェルターにでも入れておけよ!


よろしく!


========


 唖然とし、手紙を持ったままベッドにトスンと腕を落とした。



「ヴァレリー伯爵夫人に毒を盛ったのが、主治医とソフィたちだと? それになぜ、アイツは探偵ごっこをしてるんだ。このロンベルクを放っておいて一体何を! もしかしてウォルターは、今までずっとリカルドと連絡を取っていたのか?」



 ウォルターが立ち上がり、深々とお辞儀をして謝罪の言葉を口にした。なんだよ、お前もグルだったのか。リカルドだけじゃなく、お前まで俺をに仕立て上げたんだな。背中のケガがなければ一発ぶん殴りたいところだ。



「リカルド様はユーリ様のことを心からご心配なさっているのです。辺境伯にふさわしいのはユーリ様であると、ずっと仰っていました」


「それは俺も何度も聞いたよ。でも仕方ないだろう? 辺境伯に任命されたのは俺じゃない、リカルドなんだ。アイツには逃げるなと何度も言ったのに」


「では、もしユーリ様が辺境伯に任命されていたらお受けしたのですか?」


「……何が聞きたい?」



 謝罪の姿勢のまま背中を倒したウォルターの丸メガネの隙間から、鋭い視線が俺に刺さる。


 沈黙に耐えられず、俺はウォルターに答えた。



「この数か月、リカルドの身代わりをやってみて、この土地にも愛着がわいた。ロンベルクの森も街もとても美しい。二度と魔獣が現れないように、この場所を守っていきたいと思った。辺境伯という地位に関わらず、ずっとここで暮らしたいとは思う」


「ユーリ様。返事になっておりません」


「……そうだな。じゃあハッキリ言おう。リカルドなんかにこのロンベルクを任せられるものか! 俺に辺境伯を任せてもらえるよう、国王陛下に直談判する。だから俺も王都に連れて行ってくれ!」



 俺の言葉を待ってましたとばかりに満面の笑みで聞いていたウォルターは一度すっと背中を伸ばし、改めて丁寧にお辞儀をした。まるで俺が本当にウォルターの主人であるかのように。



「承知いたしました。捕えているソフィ・ヴァレリーを王都に連行するように、国王陛下からも連絡を頂いております。ユーリ様も同行をお願いします。ケガのこと、くれぐれも無理をなされませんように」


「分かった、ありがとう。ちなみにウォルターはいつからリカルドとグルだったんだ?」


「……ええっ……と、リカルド様の結婚式の時からでございますかね」


「初めからじゃないか! あの日、リカルドが逃げるのを手伝ったのか? どうやって?」


「そうですね、リカルド様お手製の薬なども使いながら……それではごゆっくりお休みください!」



 ウォルターは俺の質問にハッキリと答えないまま、風のように部屋から出て行った。リカルドの薬って何だよ。


 そういえばアイツは、暇さえあれば研究室にこもって実験や研究に明け暮れていた。本当は騎士になんてなりたくなかったんだろうな。武門の家に生まれてしまって自分のやりたいこともできないリカルドに対して、唯一同情する点だ。


 俺が辺境伯をやると言ったら、リカルドは喜ぶのだろうか。



 一人になった寝室のベッドの上で、俺は一週間でなまりなまった頭を整理する。


 元々リゼットの図鑑に挟まっていたスミレに毒が含まれていることが分かった時から、ヴァレリー伯爵夫人のことはもちろん心配していた。寝たきりの原因が同じ毒なんじゃないかと見当はついていた。


 しかし、それに主治医が絡んでいたとは……


 リカルドの手紙にある「シビル」とは、伯爵の愛妾のこと。主治医もシビルも既に捕えているということだから、少なくとも現時点では伯爵夫人の安全は確保されているはずだ。

 リゼットはもしかして、このことを知って急いで王都に戻ったのだろうか。


 どれだけ不安だっただろう。このケガさえなければもう少し早く駆け付けることができたのに。


 さあ、これからやることがたくさんある。


 ソフィを連れて王都に戻り、リゼットと伯爵夫人の無事を確認する。リカルドがどこまで準備しているのか知らないが、今回の事件についてソフィたちにそれ相応の裁きがくだるように見届けなければいけない。



 そしてその後は。


 リゼットと二人で話そう。まだ伝えていない自分の気持ちを、自分の口でハッキリと伝えたい。リゼットの気持ちも聞きたい。本当は森から戻ったらすぐに話したいと思っていたのに、俺がモタモタしている間にすれ違ってしまった。


 リゼットのことが大切だと、俺と一緒になって欲しいと言うんだ。リカルドの妻になれなんて、心にもないことを言ってしまったことを謝りたい。


 婚約してほしいなんて悠長なことは言っていられない。伯爵がリゼットに酷い仕打ちをすることのないよう、一刻も早く伯爵家から出て欲しい。

 伯爵夫人もロンベルクに来て療養するのはどうだろう。北国の澄んだ空気と美しい自然を、伯爵夫人も好むんじゃないだろうか。




 …………リゼットが結婚を快諾してくれる前提で考えてしまった。いったん落ち着け! まずは謝罪だ。



 ウォルターにけしかけられた辺境伯の件も、国王陛下に直談判すると宣言してしまった。でも、リカルドにロンベルク辺境伯を任せるわけにはいかないという気持ちは俺の本心だ。


 王都ではやることが山積み。背中の傷もふさがったようだし、ケガなんて後から何とでもなる。早く王都へ向けて出発しよう!


 ウォルターに止められたことを無視して、俺はベッドから起き上がった。

 

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