第4章 スミレの真実

第39話 母との再会

「リゼットお嬢様、こちらです」


 お父様は憔悴しきって部屋に閉じこもっているものの、鉢合わせしないように念のためヴァレリー伯爵家の屋敷へ裏口から入った。

 正面入り口には、お父様が雇ったらしい自警団の人たちがウロウロしており、お父様の愛妾シビルやソフィの行方の捜索をしている。


 私は使用人室のフロアを通って階段を上がり、お母様の部屋の前へ。屋敷の隅にあるこの部屋の周りは、外とは違ってとても静かだ。



「今はお医者様が奥様の診察中です」

「ありがとう……入るわ」



 数年ぶりに目を覚ましたお母様との再会。

 ずっと寝たきりだったのだ、すぐに以前のような元気な姿を見せてくれるとは思っていない。私は緊張しながら部屋をノックして扉を開けた。



「先生、リゼット・シャゼルと申します。主治医の代わりにお母様を診て頂きありがとうございます」

「初めまして、今目を覚ましていらっしゃるのでこちらへどうぞ」



 お医者様に促されて、私は母のベッドに近付いた。


 以前と同じように横たわっているけれど、サイドテーブルには水の入ったカップや本、着替えなどが置いてある。

 私はサイドテーブルの横にある椅子に腰かけ、お母様に恐る恐る話しかけた。


「……お母様、リゼットです。分かりますか?」


 力はないけれど、お母様の目はしっかりと開いている。口元も小さくパクパクと動いて、しばらくすると左目からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。



「お母様……!」



 分かってくれた。私の姿を見て、リゼットだと分かってくれた!

 思わずお母様の手を握って大声を上げて泣いてしまった私の肩を、グレースがそっと抱いてくれる。



「……先生! ありがとうございます。母を助けて頂いてありがとうございます」


「いいえ、主治医だった方が往診に来られなくなったと聞きまして。国王陛下のはからいで派遣されただけなのですが、お役に立てて良かったです。これからは少しずつ動く練習をしていきましょう。まずは口から水が飲めるようになってきましたからね、順調ですよ」



 確かにグレースの手紙に書かれていた内容と比べれば、今のお母様は少し回復しているように見える。以前のような生活が送れるようになるまで、これから毎日少しずつ訓練が必要だろうから、できれば私も近くでサポートしてあげたい。


 ユーリ様のことが心に引っかかっていないわけではない。


 馬車の中で何度も泣いた悲しい別れも、いつか時が経てば薄れてくれるはずだ。


 国王陛下からこうしてお医者様まで派遣して頂いているのに、王命で嫁いだシャゼル家との離縁を申し出るなんて伝えたら、お父様は何と言うだろう。それだけは不安が拭えない。



「リゼット様。お母様の今後の治療の件でお話がありますので、場所を変えられますか?」


「あ、はい。分かりました。グレース、どこかお部屋はあるかしら」


「お部屋はもう、他には使わせて頂けませんので……屋上はいかがでしょう?」



 お母様の看病をグレースに頼んでしまったことで、彼女にもこの屋敷で肩身の狭い思いをさせてしまっているのかもしれない。お医者様とお話するためですら、別の部屋を使わせてもらえないなんて。



「グレース、分かったわ。ごめんなさいね。先生、本当に申し訳ありません。屋上に簡単な椅子とテーブルがありますのでそちらでもよろしいですか?」


「もちろんですよ、参りましょう」



 先生はお母様の部屋の扉を開き、まるで貴族のような振る舞いで丁寧に私を屋上までエスコートした。



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