第37話 王都へ

 私がロンベルクを出発してから数日が経った。


 お母様が目を覚ましたという話をソフィから聞き、急いで王都へ戻る準備をした。屋敷を出る前に救護所を覗いたけれど、まだユーリ様もカレン様も戻っておらず、王都へ戻ることはウォルターに伝言した。


 王都で落ち着いたら、リカルド・シャゼル様との離婚を申し出よう。ウォルターには、その気持ちも伝えた。最後にユーリ様にご挨拶できずに申し訳ありませんと言うと、ウォルターはとても残念そうな顔をした。


 さすがに今頃はもう、ユーリ様はシャゼルの屋敷に戻ってきただろうか。


 本当はユーリ様がロンベルクの森から戻るのを待ちたかった。


 辺境伯夫人としては力不足だったかもしれないけれど、使用人たちが全員で協力して魔獣の襲来を乗り切ったことを直接報告したかったし、何よりユーリ様の無事をこの目で確認したかった。


 ソフィの訪問やお母様の容態の変化がなければ、きちんとユーリ様にこれまでの御礼とお別れをお伝えしなければと思っていたのに。


 何年も眠ったままだったお母様が目を覚ましたと聞いては、すぐに王都に向かう以外に選択肢はなかったのだった。



 馬車に揺られながら、私は何度も読み返したグレースからの手紙を再び開く。



◇ ◇ ◇


リゼットお嬢様


奥様が目を開きました。

意識が朦朧とされていて、まだお話はできませんが私の声に反応して目を動かしたり、指先を動かしたりされています。


しかし、長年ヴァレリー家に往診に来てくれていた主治医が急に来なくなりました。

今は王家の侍医の先生を臨時で派遣して頂いていて、何とか奥様を診て頂いていますが不安です。


それに、ソフィお嬢様もソフィ様のお母様のシビル様も行方が分かりません。ご主人様はかなり憔悴されており、必死で探しています。


◇ ◇ ◇


 ヴァレリー家で何かが起こっている。


 お父様が必死で探しているというソフィは黒髪姿になって、今はロンベルクにいる。一緒に王都に戻ろうと交渉したけど、ソフィは頑として拒否した。

 ウォルターとネリーが世話を引き受けてくれたので、今はお任せしてしまっている。


 お母様は無事なの?

 ソフィがロンベルクにいることを、お父様には隠し続ける?

 主治医が消えたのはなぜ?

 もしかしてその医者が何かお母様にしていたの?

 なぜシビルも一緒に消えたの?


 考えれば考えるほど疑問ばかりが浮かんできて、数日間の馬車の旅ではほとんど眠ることができなかった。



 暴れるソフィを王都へ連れ戻すこともできなかった。ユーリ様のお戻りを待つこともできなかった。


 カレン様のいう通り、私はこのままロンベルクへ戻らない方がいいのだ。


 一度もリカルド様にはお会いしたことがないけれど、今のこんな気持ちのままリカルド様の妻として何事もなかったかのように暮らすなんて、私にはできない。


 ユーリ様とカレン様の邪魔もしたくない。私の存在がユーリ様の苦しみにつながるのなら尚更だ。


 今まで、お母様が倒れたりお父様やソフィに嫌がらせをされたりしても、私は一人で何とか生きてきた。苦しい時も前向きに、頑張って来たじゃないの。これからだって絶対に大丈夫。


 そうやって自分に言い聞かせながら馬車の窓から外の景色を眺める。


 なまじ幸せな時間を過ごしてしまったがために、どんなことにも耐えられたあの頃の自分にはなかなか戻れないのかしら。いくら言い聞かせても、自然とこぼれてくる涙を止めることはできなかった。


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