第35話 黒髪のソフィ
ロンベルクの森から、騎士団の帰還が始まった。
全員無事との報せは受け取ったが、時々ケガをした人が臨時の救護所に運び込まれていく。ユーリ様は無事だと他の騎士からも聞いているし、ユーリ様の直筆の伝令も受け取ったのだから、不安に思うことはないはずなのに、やはり顔を見るまでは心配してしまう。
私は騎士が到着するたびに屋敷の外に出て、戻って来る騎士たちに声をかけている。
「奥様、王都からの郵便が届いたそうですよ」
「ウォルター! 本当? グレースからの手紙もあるかしら!」
ウォルターの返事を聞く前に、配達員がいつも手紙を届けてくれる使用人用の入口に回った。
配達員に直接声をかけ、王都のヴァレリー家にいるグレースからの手紙を受け取る。早く封を開けようと屋敷に入ろうとしたところに、背後から小さな悲鳴のような叫び声が聞こえた。
「お姉様……!」
……誰? 私に声をかけたの?
グレースの手紙を持ったまま、私はその場で振り返る。少し離れた場所に、ローブを羽織った女性が一人佇んでいた。彼女が叫んだのかしら?
その女性がローブを外すと、長い黒髪がパサッと彼女の体に垂れた。彼女は一歩一歩フラフラと、私の方にゆっくりと近付いて来る。
私のことを「お姉様」と呼んだけれど、私には黒髪の妹はいない。私の妹と言えるのはソフィ・ヴァレリー。お父様と同じ銀髪をした妹だけだ。
「お姉様、私です! ちゃんと見て!」
目の前まで近付いて来た彼女は私の両手を取って、顔を近付けてきた。間近で見て初めて気付く。
髪の色こそ違えど、その顔は紛れもなくソフィだった。
「……ソフィ? どうして?」
「お姉様! やっと気付いてくれたのね! お姉様には連絡が来てないと思うんだけど、実はリカルド・シャゼル様へ嫁ぐべきなのは本来はお姉様じゃなくて私だろうっていう話になったの。それで私、ここに来たのよ」
よく見ると、ソフィが羽織っているローブの下のドレスは土や埃で汚れている。腕や顔にはうっすらとアザが見え、とても誰かに嫁ぐためにやって来たとは思えない格好だ。
王都はもう初夏の頃だろうに、こんなローブを羽織ってくるなんて、誰かから身を隠そうとでもしたのだろうか。
「ソフィ、落ち着いて。元はと言えば、あなた自身がここに嫁ぐのを嫌がったのよね? 支離滅裂だわ。それにその格好はどうしたの? まずは着替えて、少し休みましょう?」
「ありがとうお姉様! ねえ、お姉様の部屋に連れて行ってくれる? 早く、早く行きたいの!」
私の手をつかむソフィの手に力が入り、肌に爪が立った。痛みを感じて手を引こうとしても、彼女の力が強くて振り払えない。ボロボロの服、アザだらけの体、乱れた髪、そしてこの焦った様子。
どう考えても普通じゃない。何かに追われているような様子にしか見えない。実の妹に対して恐怖すら感じてしまった私は、誰かいないかと周りを確かめた。
「ネリー! 誰か、ネリーを呼んで、お願い!」
「お姉様、別にいいのよ。お姉様が案内して? 何を辺境伯夫人ぶってるのかしら。この家の女主人になるのは私だって言ったでしょ」
ソフィはよろよろと先に屋敷の中へ向かった。
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