第34話 伝令
街に残っていた騎士たちが魔獣をロンベルクの森へ誘導し、街もシャゼルの星型要塞も警告が解かれた。一週間ほどの避難生活は完璧な準備と使用人たちのはからいで何の問題もなく過ごすことができた。
私の心配は森に向かった騎士たち、そしてユーリ様のこと。
戦いの場が森に移っただけで、まだ危険が去ったわけではない。いつもの生活に戻ってから数日、私もウォルターも使用人たちも、森に入った騎士団たちの伝令を待ち続ける。
そしてもう一つ私の心に引っかかっているのは、お母様のことだ。
避難する前に、ヴァレリー伯爵家にいる侍女のグレースに手紙を出した。とっくに向こうに手紙は届いているはずだ。グレースのことだから、すぐに返事も書いてくれていると思う。しかし、魔獣出没の混乱で、ロンベルク宛の郵便はまだ屋敷には届いていないのだった。
「私には待つしかできないのね……」
スミレの咲く庭園がよく見える窓際で佇む私に、向かいに立つウォルターがにっこりと微笑む。
「奥様、お母様はきっと無事です。そしてユーリ様たちも、もっと厳しい戦いを乗り越えてきた屈強な騎士団ですから。今回は第二王子もいませんし、自由に戦っていると思いますよ」
やはりウォルターの言葉にはいつも、ちょっとしたブラックジョークが含まれている気がする。第二王子殿下を守ろうとしてリカルド様はケガをした……と言われているのだものね。本人は殿下を守ったつもりはなかったようだけど。
何かを守りながら戦うのは、ウォルターの言う通り大変なことだと思う。ロンベルク騎士団は無下に魔獣たちを倒すのではなく、できるだけ浄化して命を守ろうとしている。だからやっぱり、私が彼らを心配する気持ちに変わりはない。
「ウォルター、あそこの門の近く……あれ、何かしら」
庭園から少し離れた場所にある門のあたりで、馬に乗った騎士が一人見えた。よほど急いで来たのか馬が興奮して落ち着きがなく、必死で手綱を引いている。
無事の報せかその逆か。
ウォルターと私は近くの扉から飛び出して、その騎士に駆け寄った。
「……伝令です!」
手渡された伝令をウォルターが急いで開いている途中で、馬から降りた騎士が言った。
「全員無事です! 魔獣の封じ込めも成功しました。ただ、多少ケガ人が出ているので帰還が遅くなります。この庭園に臨時の救護所を設置してもいいでしょうか」
「もちろんです。奥様、よろしいですね? 残った騎士に準備をさせましょう。奥様?」
私はウォルターから伝令を奪い取り、必死で読んだ。内容は伝令を持ち帰った騎士が口頭で伝えてくれたものと同じだったが、私の目からはウォルターが心配するほど涙がポロポロとこぼれていたらしい。
「緊張が解けたのですね、奥様はゆっくりお休みください。もう大丈夫ですよ」
「ありがとう……」
屋敷の方に向かいながら、私はその伝令を大切に折りたたんだ。
手書きで書かれたその伝令の筆跡は、『アルヴィラ』で働いていた時にもらったユーリ様からの手紙のものと同じだった。
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