第31話 ユーリからの手紙
騎士団の出発を見送ってから自室に戻った私は、デスク横の本棚から花図鑑を取り出し、机の上にコトンと置く。
ユーリ様のいなくなった屋敷の中はひっそりと静まり返り、図鑑を置くだけのこんな小さな音すら、いつもより大きく響くような気がする。
私は図鑑のケースに挟んである一通の手紙をそっと取り出した。封筒には私の手書きの文字で、「十一月五日」と書いてある。
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菫色の髪の貴女へ
突然の手紙をお許しください。
先日『アルヴィラ』で、食事にエディブルフラワーをのせて誕生日を祝ってもらった者です。
あなたからのお祝いの言葉や気持ちがとても嬉しくて、久しぶりに自分の誕生日を幸せな気分で過ごすことができました。
本当にありがとう。
心の中が幸せな気持ちで満たされていくようで、店を出てからも何度も貴女の姿を思い出してしまいます。
一度も二人で話したこともないのに、貴女のことを愛おしく思います。
次の誕生日にも、また会えるでしょうか。
貴女の幸せを、遠くから願っています。
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初めから誕生日は十一月だと言ってくれれば良かったのに。そうすれば、この手紙の差出人がユーリ様だと分かったはずだった。
私が花を好きなことも、エディブルフラワーのことも、全てユーリ様は知っていた。
そして、私のことを「愛しい」と書いてくれている。
この手紙は昨年のもの。昨年の時点では、ユーリ様も私のことを愛しいと思ってくれていたのだ。
それなのに、いつの間にか彼の気持ちは変わり、話したこともなかった私のことは忘れたのだ。そして今はカレン様のことを……
『あなたに好きだって言ってもらった』
カレン様がユーリ様に言っていた言葉がその証拠。
すれ違いが悔しくてもどかしくて、私はユーリ様からの手紙を胸にあてて大きく息を吐いた。
気持ちを切り替えよう。この屋敷のみんなを守るのとは別に、私には必ずやらないといけないことがある。私はデスクの上のペンを取り、グレース宛の手紙を書き始めた。
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グレースへ
いつもお母様の様子をお手紙で教えてくれてありがとう。お母様が眠り続けている理由が、分かるかもしれません。
近いうちに一度ヴァレリーの屋敷に戻ります。お母様の部屋に入る方がいれば、記録を残しておいてください。
リゼット・シャゼル
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ウォルターに手紙を預け、ここに残った騎士団たちの戦闘準備を窓から眺める。
魔獣は約二週間前に現れたらしい。被害にあった人の通報が遅れたことで、騎士団の派遣も魔獣出没から二週間後という後手後手に回ってしまっている。もしかしたら魔獣は既に森を出て、すぐ近くまで来ているかもしれないのだ。
日が落ちて暗くなってきた廊下に、ウォルターが灯りをともした。
「奥様、ここの者たちは慣れていますのでご心配なさらなくて大丈夫です。使用人たちも訓練を重ねています」
「ウォルター、ありがとう。この屋敷の中で、私が一番緊張しているかもしれないわね」
「よくお眠りになれますように、後ほどラベンダーのお香でも焚きましょう。毒は入っていませんのでご安心を」
ウォルターのブラックジョークに、私は苦笑いだ。
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