第32話 森の中で ※ユーリ目線

 ロンベルクの森に入って数日。


 街に魔獣が出て行かないようにするため、団を横に分散して森の中心部近くまで隈なく確認しながら進んで来た。湖の浄化も終えた。


 森の木々の根が複雑に入り組んだこの森では、馬に乗ったままスピードは出せない。一歩ずつゆっくりと隊を進めて行くのがもどかしくて、残った魔獣を探しながらつい歩を急いでしまっている。


 リゼットをそのまま屋敷に残し、辺境伯夫人としての責任まで押し付けて出てきてしまった。俺はどこまで彼女を利用する気なんだ。彼女に早く真実を伝えれば良かった。でも言えなかった。


 リゼットはリカルド・シャゼルの妻。リカルドは失踪し、俺は参列すらしていないが結婚式も執り行われた。つまりリゼットにとって、俺は赤の他人。俺がリカルドの身代わりに過ぎないのだという真実を知った今、彼女が俺と一緒にいる理由なんて一つもない。


 彼女は今頃、俺に腹をたてているだろうか。何も告げずに騙し続けた俺を軽蔑しているだろうか。


 ソフィにそうしようとしていたように、リゼットに辛くあたればよかったのか? いや、もし彼女が王都に戻ったら、リゼットにはまた辛い日々が待っている。使用人室で一人、隙間風と鍵のない恐怖と戦わなければいけない。何とかして彼女をロンベルクに留めたい一心で、曖昧な態度をズルズル続けてしまった。


 そんな俺の中途半端な態度が、リゼットを傷つけた。




「……ユーリ!」


 俺の後ろから、カレンが馬で追いかけてくる。


「待って! 急ぎ過ぎよ。全員付いて来れていないわ」

「ごめん、ちょっと気が急いていたかも。ペースに気を付けるよ」

「そうね。魔獣が現れてから二週間は経ってる。この場で魔獣が突然飛び出してきたっておかしくない状況なのよ。気を付けて」


 カレンは、俺の馬の後ろにピッタリとついてくる。少し進むペースを下げたので、カレンの後方に騎士団たちの影も見え始めた。


「ねえ、リゼットさんに、本当のことを話したんでしょ?」

「……全部話した。リカルドの失踪のことも、俺が本当はただの身代わりだったことも」

「リゼットさんも分かってると思うわ」

「何を?」

「このままユーリと関わっていたら、どんどんユーリのことを追い詰めてしまうって。ユーリの罪悪感を増幅させてしまうって」

「……カレン、ちょっとお前いい加減にしろよ。誰が追い詰められるって?」



 どうしてカレンは急に気が変わってしまったんだろう。


 確かに昔……もう五年以上も前の話だが、俺の方がカレンのことが好きだった時期もあった。騎士学校の同期として毎日顔を合わせていたし、あの頃はリカルドの尻拭いを二人で必死にやっていたから、勝手にカレンのことを同士のように思っていた。


 でもその時、カレンは俺ではなくリカルドを選んだ。


 もちろんその時はショックを受けた。でも同時に納得もした。そうだよな、俺とリカルドの二人が目の前にいたら誰だってリカルドを選ぶよ。そう思って俺は身を引いた。


 五年前の俺にとって、カレンは恋愛の相手というよりもだったんだと最近気付いた。目の前に、俺と同じようにリカルドから迷惑を被っている幼馴染がいるのを放っておけなかった。戦友として。


 リゼットと出会って初めて分かった。『目の前で困っている人を助けよう』と言う気持ちと、『たとえ目の前にいなくてもいつもその人のことを助けたい』という気持ちは別物だった。


 五年も経ってカレンがなぜ俺の事が好きだなんて言い始めたのか分からない。急にこうして俺との距離感を詰めてくる意味も分からない。

 しかも今のカレンは俺への好意というより、リゼットを責めることに気持ちが向いている気がする。



「魔獣のことにケリがついたら、二人で一緒にロンベルク騎士団から出よう? 別の騎士団に仕官して、ここから離れるの。私はあなたについていく。もう二度とあなたに、悲しい目や辛い思いはさせない」


「カレン。それじゃまるで俺がカレンと離れて悲しい思いをしたみたいに聞こえる。前も言ったが、昔の話を蒸し返さないでほしいんだ。俺はこれからリカルドがちゃんと仕事ができるようにサポートしなければいけない。リゼットとも約束した」


「だから、なんであなたがリゼットさんのために自分を犠牲にしないといけないの?あなたの人生はあなたのものでしょ?他の人に遠慮する必要ない」


「犠牲だなんて思ってない!」



 カレンの「犠牲」という言葉に苛立ち、馬を止めて振り返った。カレンの横まで馬を進める。



「俺は自分を犠牲にしてリゼットを守ってるなんて思っていない。俺がそうしたいからやってるんだ」


「あなたがリゼットさんに惹かれてるのは知ってたわ。でも結局はリゼットさんをリカルドに譲るんでしょ? それでユーリが納得しているなら、きっとリゼットさんのことを心から欲しいと思っているわけじゃないのよ。ユーリは優しいから、リゼットさんの可哀そうな境遇に同情しているだけよ」


「……俺が大切に想ってるのはリゼットだ。欲しいものを欲しいと素直に言っていいなら、俺はリゼットにリカルドの妻になれなんて言わなかった!」



 苛立ちがあふれて大声でカレンに怒鳴ってしまったその時、カレンの姿の右後方の木々の間から素早くこちらに走り込んでくる何かが目に入る。


 ……魔獣だ! 大きく尖った角をこちらに向けて近付いて来る。



「……カレン、そこをどけ!!」

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