第3章 魔獣再来と妹の秘密

第29話 魔獣の再来

 ドルン領を魔獣が襲ったという知らせが入った。


 以前にロンベルク騎士団が森の湖の水で浄めて封印されていたはずだったにも関わらず、数匹の巨大化した鹿のような獣が民家や家畜を襲ったらしい。ドルン領には騎士団が配備され、森へ入ることが禁止になったそうだ。


 報せが入るまで二週間もかかった。襲われたのは今から二週間前だ。

 遅れた理由は、襲われた家の主人が無許可で森へ入る行為を繰り返していたからだそうだ。調査に入られると困るような事情があって、被害を隠していたと言う。


 ユーリ様は魔獣出現の対応で、昨日の晩から寝ずに仕事をしている。


 騎士団を二分して、半分は森へ向かい、半分は領地の防衛につかせる。そのための人員配置、王都への報告と増員要請、領民たちへのアラートの発令。指示を受けた者や報告に来た者の出入りが激しく、屋敷は一晩中騒がしかった。


 何者かが湖の水を汚したのかもしれないと、カレン様は予想しているらしい。森に視察に入った時にドルン側のアルヴィラが根こそぎ抜かれていたことが怪しいと、屋敷内ですれ違った騎士のハンス様が教えてくれた。

しかも、魔獣の出没から結構時間が経っている。封印が解けて、魔獣の数も増えているかもしれない。


 騎士兼研究員のカレン様は湖を調べるために、もちろんユーリ様に同行して森に入る。



 私とユーリ様との気まずい会話は、今後どうするのか結論を出すことなく中途半端に終わっている。


 旦那様はリカルド様本人ではなく、従弟のユーリ様だった。私はこのまま辺境伯夫人としてここにいたいのか、いたくないのか。


 たとえ仮初であったとしても、旦那様が本物のリカルド様ではなくても。

 私は今この時点で、シャゼル辺境伯夫人であることに変わりはない。会ったこともないリカルド様の代わりにしっかりと家を守らなければいけない。


 夕方、執務室で仮眠をとっているユーリ様にブランケットをかけにいった。そっとかけたつもりだったのに、彼は目を覚ましてしまった。


「リゼット……」


「あ、起こしてしまいましたね。申し訳ございません。もし少し時間がありそうでしたら、寝室でお休みになっては?」


「そうだな。明日の昼には領内の警備も整いそうだから、俺たちは森へ向けて出発する。大切な話がこんな中途半端になってしまって申し訳ない」


「いいえ、まずは魔獣のことを優先に。私は一応の辺境伯夫人として、この家を守ります」


「……俺がこんなことを言えた義理じゃないのは分かっているが、リゼットにこの家の留守を頼む。ここを守るために騎士団は半分残していく。この屋敷が変な形をしているのは、こういう時に攻撃しづらくなるためだから。安心して。地下に避難できる場所があるから、何かあればウォルターと一緒に全員で地下に避難してくれ」


「分かりました。お気をつけて。リカルド・シャゼル様がご不在の今、この家の責任者は私だと思っています。使用人たちのことも任せてください」



 ユーリ様はブランケットをたたみ、立ち上がる。


 部屋から出て行こうとするユーリ様を、つい呼び止めてしまった。



「……くれぐれもご無事で。必ず戻ってきてください」



 元はと言えば私だって、ソフィの身代わりで嫁いで来たのだ。そしてユーリ様もリカルド様の身代わり。私ばかりユーリ様を責めるわけにはいかない。元々ヴァレリー家から嫁ぐはずだったソフィの代わりに、私が来ることなんて知らなかったのだろうから。


 会うはずのなかった身代わり同士の私たちがこうして出会ったのも何かの縁。

 例え短い間であっても、ユーリ様が私にとって大切な方であることには変わりがない。


 最後はきちんと終わらせよう。



「必ず戻る」

「はい」


 旦那様は私の目を見ることなく、執務室をあとにした。

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