第27話 リゼットの選択肢

 日課のお掃除の途中、旦那様とカレン様の話を立ち聞きすることになってしまった。


 部屋の外から旦那様の声が聞こえて、はたきと雑巾を持って急いで家具の後ろに隠れる。

 そこに二人が入ってきた。


 いつもと違う雰囲気のカレン様を連れた旦那様を見た時、もしかしてこれはまずい場面に出くわしたのでは、と思った。


(神様、私何か罰を受けるような悪いことをしたでしょうか)


 ここに来た当初と違い、私は旦那様への気持ちを認識してしまったから。


 勢いで旦那様のことが好きだと口走ってしまった時、旦那様は私のことを明らかに拒否した。

 何が理由なのか分からないけど、本当に私のことを愛せないのだと思う。


 それだけでもショックだったのに、まさか旦那様と他の女性の逢引に居合わせるなんて……。

 もしこのまま何かが始まってしまえば絶対に出て行けないし、私の心が耐えられる気がしない。今のうちに名乗り出て、勝手に屋敷のお掃除をしていたことを謝ろうか。



 家具に手をかけて体を起こそうかと思ったその時、カレン様がスミレの調査結果の報告を始めた。


 ……とりあえず助かった。事務的なお話のためにこの部屋に入ったみたいだ。ホッと胸をなでおろすけど、ますます出て行くタイミングを逸してしまった。



 カレン様の話を聞くに、やはりあのスミレには毒が入っていたらしい。


 不安がよぎる。お母様の長年の体調不良の原因は、もしかしてこのスミレなの?


 でもそれなら何年も目を覚さないのはおかしい。もし私が吸ったのと同じ毒ならば、私だって数日で目を覚ましたのだ。もしかして今もお母様は継続的に毒を摂取させられているの? もしそうなら、そんなことをする犯人は誰なの?


 一度ヴァレリー家に戻らなければ。いえ、まずはグレースに手紙を書く方が早いわ。旦那様にお願いして…



「どうする? これ以上調べるなら、ヴァレリー伯爵家に潜入しちゃうしかないわよ。そこまでする? 彼女はあなたの本当の妻でもないくせに」


 色々と考えていると、カレン様がそんなことを言った。


 本当の妻ではないというのは、旦那様が私のことを愛するつもりはないとおっしゃったこと? 旦那様はそれをカレン様にも伝えているの?


 胸が痛い。

 確かに私はカレン様にとっては、後からポッと出てきた妻で。元々恋人同士だったお二人とは比べ物にならないほど薄い関係だと思う。


 ついこの前までは、旦那様は私のことをすごく大切にしてくれてると思ってた。女好きの噂の影なんて全くなくて、私の目で見る旦那様は本当にお優しい方だった。私のことを愛するつもりがないなんて……あの言葉は嘘だったんじゃないかと錯覚してしまったほどに。


 それが、影ではこうして私のことをカレン様にも伝えていたなんて。


 カレン様は続ける。



「このままリゼットさんがここに残ったところで、あなたとは絶対に本当の夫婦にはなれない。あなたのことがもし彼女にバレたら、最悪このままシャゼル家はお取り潰しよ」



 シャゼル家のお取り潰し? 旦那様の秘密が私にバレたら、お取り潰しなの?

 話が見えない、一体どういうことなの?


 旦那様が私に何か重大な秘密を私に隠している。私にそれがバレたら、本物の夫婦になれないどころかシャゼル家を失うほどの。



「あなたがリゼットさんを騙し続けているのは事実よ。今回のスミレの毒の件だって、本当はあなたには無関係じゃない。首を突っ込む必要はないところに突っ込んで、良心に反してリゼットさんを騙し続けるなんて。なぜあなたがそんな目に合わないといけないの?」


「なぜカレンが心配することがあるんだよ。確かに君にスミレの調査は頼んだが、それ以上のことはカレンには関係ないだろ」


「あるわよ! あなたはもう私のことを何とも思ってない? 私はまだ……あなたのこと好き。あなたに好きだって言ってもらった時、あなたの気持ちが重くてひどいことした。本当にごめん。でもやっぱりあなたが好きなのよ」


「……やめてくれ」


「あの時は私も本当に子供だったと思うの。すごく浅はかだった」


「今更蒸し返されても困る。カレン、一体何を言ってるんだ?」



 旦那様とカレン様の言い合いに耐えかねて、ついに私はその場で立ち上がって叫んだ。



「ちょっと待ってください!」



 衝動的に声を上げてしまった私を、旦那様とカレン様が目を丸くして見ている。



「リゼット……いつからそこに」


「ごめんなさい、初めからいました。この部屋のお掃除をしていて、お二人が入って来られたのでここについ隠れてしまったんです」


「カレン……ごめん、外してくれるかな」



 旦那様はボソッと呟き、カレン様は呆然とした顔で小さく頷いて出て行った。


 部屋には私たち二人だけになった。

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