最終話
二十歳になったその日に、俺は手術を受けた。早い方が良かった。何故なら、成人式は男として出席したかったから。幸いにも誕生日は四月で、成人式には余裕で間に合った。
スーツを着て鏡に映る自分の姿は、胸にぶら下がっていた重たい脂肪を始めとして、全体的に脂肪がなくなり、昔より筋肉質になった。男性というよりは中性的な少年のようだけれど、特に不満はない。やはり、胸の脂肪がなくなったのが一番大きいかもしれない。
家を出て、小学生の頃歩いた通学路を歩く。途中、振袖姿の友人達とすれ違ったけれど、誰も俺には気付かずに通り過ぎていく。そのことに少し寂しさを覚えながら歩いていると、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
『はっ……もしかして僕、まだ成長期来てない?』
『いや、それはないだろ。二十歳だぞ』
『まだ十九』
『変わんねえよ。もう伸びないから諦めろ』
振り返るとそこには、若干大人びてはいるものの、あの頃からほとんど変わらない湊の姿があった。駆け寄り「久しぶり」と声を掛けると、一緒にいた男子二人——恐らく湊の従兄の和希と、友人の蓮太——が「誰?」と言わんばかりに首を傾げて顔を見合わせた。
そりゃそうなるよなと苦笑すると、湊が言った。「もしかして……コウくん?」と。
正直驚いた。
「わかるのかよ。すげぇな」
「分かるよ。変わってないもん」
「いやいや……だいぶ変わったと思うけど。見ろよ横の二人」
彼の両サイドの男子二人はポカーンとしている。
「コウくんって……」
「
「そう。
名乗っても、まだぽかんとしている。それもそうだ。だって、俺は当時は女だったから。性別も名前も変わっている。湊は本当の俺を知っているとはいえ、まさか気付くとは思わなかった。
「今もヒカリなの?」
「いや、変えたよ。字はそのままで、読み方だけ。
「コウって名前、そのまま使うことにしたんだ」
「まぁ、呼ばれ慣れてるし、愛着あるからな。今で通り、コウって呼んでよ」
「うん」
「……なるほど、だから急にコウくんって呼び始めたのか」
「うん」
「
「まぁ、見た目はこの通り、かなり変わったからパニクるのは分かるけどさ、中身は変わんないから安心してよ」
「うん。コウくんはコウくんだよ。あの頃と何も変わんない」
そう言って湊は笑う。あの頃と変わらない優しい笑顔が当時の彼に重なり、胸が高鳴る。
「君も変わらないな。……特に身長」
高鳴る胸を誤魔化すように身長のことを弄ると、蓮太が「それな」と同意し、和希は何も言わずに苦笑いし、湊は「これでもあの頃より伸びてるんですけど」とむくれる。
「マジで? それで?」
「コウくんだってそんな変わんないじゃん!」
「まぁ確かに。けど、俺は成長期を女の身体で過ごしたからな。生まれた時から男だったらもうちょい伸びてたはず」
「あー……ごめん……そうだったね。うっかりしてた」
気まずそうに彼は謝るが、俺は別に気にしていない。むしろ、うっかりしてたの一言が嬉しかった。
「えっ、嬉しい?」
「女だった頃をうっかり忘れられるくらい埋没してんだなぁって」
「あぁ……僕にとってコウくんは昔から男の子だったから。身体は確かに女の子だったけど、そのことはあんまり意識したことなかったかも」
「……そうか。……やっぱり湊は変わらないな」
胸がキュンと締め付けられる。中学を卒業して以来彼とは会っていなかったが、彼に対する恋心はまだ残っているのだと苦笑する。
「……なぁ、湊。……恋人、出来た?」
「……うん。今、付き合ってる人いるよ」
それを聞いて、蓮太が「聞いてねぇけど」言わんばかりにギョッとした顔で湊を見る。
「えー。いちいち報告しなきゃダメ?」
「いや、別に義務はねぇけどさぁ。一言くらいくれてもよくね?」
「ちなみに俺も彼女います」
「お前もかよ! なんだよお前らぁ!」
「蓮太は?」
「聞いて喜べ。なんと、フリーだ」
「ふーん」
「聞いておいてなんだよ!」
「流れで聞いただけだから正直興味ない」
「お前……そんな毒吐くタイプだっけ」
「コウくんは?」
「俺も居ないよ。好きな人は居るけど」
俺が言うと、蓮太が俺と湊を交互に見ながら「聞いてもいい?」と質問の許可を求めてきた。許可すると「恋愛対象は男なの?」と問う。
「どうなんだろうな。一人しか好きになったことないからまだよく分からん」
「マジか。えっ、まさか中学の時好きだった人のことずっと一途に想い続けてたの?」
「うん。そう。成人式で再会したら口説いてやろうって、ずっと思ってた。……好きだよ。湊」
真っ直ぐに湊を見つめながら囁くと、彼は動揺するように目を見開き、顔を真っ赤に染める。
「ぼ、僕、恋人居るんですけど!?」
「聞いた。けど、居ても口説くって決めてたから」
「えぇ……」
「別に、別れて俺のところ来いなんて言わねぇから安心しろ。恋人が居ないって言うなら本気で口説きにいこうと思ってたけど、居るなら最初から潔く諦めるつもりだった」
「そ、そうか……」
「まぁでも、別れたら遠慮せずに俺のところきて良いよ。抱いてやるから」
「抱……!? い、行きません! てか、別れる予定とかないから!」
「ははは。残念。まぁ、冗談だよ。本気で別れることを望んでるわけじゃない。俺は湊が幸せならそれで良いから。今日、会えてよかったよ。お幸せにな」
こうして俺は、約六年に渡る長い初恋にようやく終止符を打った。悔しくないといえば嘘になる。だけど、嬉しかった。彼が、あの頃と姿が変わった俺を俺だと認識してくれて。あの頃と変わらない優しい彼のままでいることが分かって。
同級生達も、すっかり変わった俺の姿に驚いていたが、否定する人はほとんど居なかった。一部いたが、湊を中心とした友人達が咎めてくれた。改めて、自分は人に恵まれていることを実感した。
夜明ヒカリはもう居ない。だけど、光は消えない。彼が残してくれたから。
これからの残りの長い人生は、彼が残してくれた光と共に生きていく。そう心に誓い、大人への道を一歩踏み出した。
君がくれた光を抱いて 三郎 @sabu_saburou
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