第4話

 中学卒業後は進学し、高校生活三年間はアルバイトに明け暮れた。『そんなにお金貯めて何に使うの?』という親の問いには『将来のため』という曖昧な答えしか返せなかった。本当の理由を話せたのは、高校卒業後。


「私、昔から自分の身体に違和感があって。トランスジェンダーなんだ。お金を貯めてたのは手術費のため」


「手術って……」


「……身体の性別を変える手術」


 長い沈黙が流れた。両親の顔は見れなかった。


「……光は、女の子が好きなの?」


「……分からん。今まで人を好きになったのは一回だけだから。その子は男だった」


「男が好きなら、心は女なんじゃないのか」


 父が言った。そう言われることは覚悟していた。


「同性愛者とトランスジェンダーは別物だよ。LGBTなんて一括りにされてるけど、LもGもBもTも、全部別のもの。俺はその中にTにあたるけど、LでもGでもBでもない。……ややこしいけど、全てを理解してくれとは言わん。ただ、一つだけ分かってほしいのは、俺は女として生まれたけど女として生きるのは嫌だってことだけ」


「でも……そんな風には見えなかった」


「……そうだね。目に見える証拠なんて用意できないよ。出来ないけど、事実なんだよ。……信じたくなくても、事実なんだよ。俺は、生まれてくる特に性別を間違えた。それを正すために手術を受けたい。もう決めたから、父さんと母さんが反対しても止めるつもりはないけど、知っておいてほしかった」


「「……」」


「……誤解しないでほしいけど、女に生まれたことで母さんと父さんを責める気はない。なんで男に産んでくれなかったんだって、思ったこともない。間違えたちゃったのは多分、俺の方だと思うんだ。だから……責任とか、感じなくて良いからね。あと……「分かった。もういい」


 言葉を遮ったのは、父の静かな声だった。言葉だけ聞けば突き放すように聞こえるが、声は決して冷たいものではなかった。そこで俺はようやく、二人の顔を見た。二人とも真剣な顔をしていた。


「光は俺と陽子ようこの大事な娘だ。……大事な娘として、育ててきた。正直、ショックはある。理解も出来ない。だけど……大事な娘である前に、大事な家族だ。……例え息子になっても、それは変わらんよ。なぁ、母さん」


「……えぇ」


「……受け入れられんか?」


「……受け入れる受け入れないの問題じゃないのよね?」


 母が俺をまっすぐに見つめて問う。頷くと、複雑そうに目を逸らした。


「……名前は、変えるの? 光じゃなくなるの? 私達が今まで光として育ててきた貴女は、この世から居なくなってしまうの?」


「……うん。名前は変える。けど、字は変えない。変えるのは読み方だけ。ヒカリとして生きた今までの人生全てを否定したくはない。ヒカリとして育てられて生きてきた今までも、俺の一部として残しておきたいから。黒歴史にはしないよ」


 ヒカリとして生きてきた時間は、決して黒歴史ではなかった。性別を変えるなら名前も一緒に変えたいという気持ちはあったが、ヒカリとして生きてきた時間を否定するようで嫌だった。

 湊はそんな俺の気持ちを悟ってくれたのかは知らないが、光という字をそのまま生かした名前をくれた。


「コウ。それが、これからの俺の名前。光と書いて、コウ」


 それを聞いて、二人は目を丸くして顔を見合わせた。驚きの理由を聞くと、母が言う。「男の子だったらコウという名前にしようと思っていたの」と。


「自分で考えたのか?」


「いや。親友がくれた。あだ名として自然に呼べるからって」


「その子は知ってるのか? お前がLGBTだってことを」


「LGBTじゃなくて、トランスジェンダーな」


「あぁ……悪い……LGBTは総称なんだっけか……」


「そう。……知ってるよ。初めて打ち明けたのがその子だった。……知り合いに居るんだと。トランスジェンダーの女性が。俺みたいな人は世界中に居て、普通に生きてる。差別が無いとは言えんけど、差別する方がおかしいって、彼は言ってくれた。普通の人間なんだよって、教えてくれた。……名前とか性別は変わるけどさ、俺という人間は変わらんよ。父さんと母さんの子供だよ」


「……そうか」


「……あなたはヒカリじゃなくて、コウだったのね」


「コウだけど、ヒカリでもあるよ。さっきも言ったけど、俺は、ヒカリとして生きてきた今までを否定する気はない。したくない。決して幸せじゃなかったとは言わない。幸せだったよ。ちゃんと」


「……そう」


「……うん。そうだよ」


「……分かった。……うん。分かったわ。……あなたの望むままに生きなさい。


 そう言って、母は泣きながら笑ってくれた。正直、受け入れられるとは思っていなかった。家を追い出される覚悟もしていた。


「母さん……父さん……」


 それでもやっぱり、親に受け入れてもらえるということは涙が出るほど嬉しいものだった。

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