第3話

 学年が上がり、卒業が近づくにつれて恋愛の話題が増えるようになった。俺は毎月、彼が告白された回数を数えていた。流石に全てを把握してはいないが、大体月に2〜3回といったところだった。

 その日も、彼は一人の女子生徒から告白されていた。一緒にいたクラスメイトがその光景を見て、俺を煽る。俺が彼のことを好きなのは誰の目から見ても明らからしかったが、彼は全く気付かないと言わんばかりに態度を変えなかった。

 それは他の女子からの好意に対しても同じで、鈍感だとみんなは言うけれど、俺にはそうは見えなかった。他人から向けられる恋愛感情にわざと気づかないふりをしている。そんな気がした。

 だから尚更、告白なんてできなかった。


 しかしある日のこと「話を聞いてほしい」と彼の家に呼び出された。好きな人の部屋で二人きり。だけど、とてもドキドキ出来るような空気ではなかった。


「……なんか、あった?」


「……僕に告白してくる子って、全員ではないけど共通点があってね」


「共通点?」


「僕に告白する2〜3日前くらいにカズくんにフラれてる」


 カズくんというのは、湊の従兄で同級生の安藤あんどう和希かずきのことだ。優しくて、頭が良くて、運動神経も良い非の打ち所がない男で、学年一のモテ男と言っても過言ではないくらいモテていた。


「結局、僕はカズくんの代わりなんだよ。ジェネリック薬品みたいなもん」


「ジェネリック薬品って。言うほど似てないだろ。顔は……若干似てるかもしれないけど」


「……別に慰めてほしいわけじゃないんだ。むしろ、あんまり深刻にならずに話聞いてくれる方がありがたい」


「あぁ……うん。分かった」


「ありがとう。……これ言ったら嫌味だって言われるからみんなには言えないんだけどさ、僕、嫌なんだよね。告白されるの。断ったらこっちが悪者みたいにされるし、男子達からは妬まれるし、カズくんなんて、ゲイなんじゃないかって噂が立ち始めてるし」


「あぁ……聞いたことある」


「……嫌なのはさ、その噂に対して『そんなわけないじゃん』って否定する人がいることなんだ。本人は庇ってるつもりなんだろうけど……」


 湊と目が合う。


「コウくんは、恋愛対象は男性? 女性? それとも、両方? あるいは、恋愛に興味はない?」


「えっ、えっと……」


「ごめん。答えたくないなら答えなくて良いよ。聞かないと分からないのに決めつけるっておかしいよねって話」


 聞かないと分からない。その考え方が出来る人は世の中にどれほどいるのだろう。


「……湊は?」


「……僕は多分、性別とかあんまり重視せずに人を好きになると思う。といっても、今まで好きになった人は異性しかいないからはっきりとは分からないんだけど」


「性別は……重視しない……」


 俺も多分そうだと思った。きっと、男だとか女だとか関係なく、湊だから好きになったのだと。


「俺は……今好きな人が男なんだけど……多分、女でも好きになってたと思う……」


「好きな人居たんだ」


 へぇと目を丸くする彼。その仕草がなんだかわざとらしく思えた。


「……結構、分かりやすいと思うけど。気づかなかった?」


「全然」


「……本当に?」


 真っ直ぐに目を見ながら問い詰めると、彼はあからさまに目を逸らした。嘘をついているのは明らかだった。しばらく沈黙した後彼は、俺の方を見ないまま「君とは友達で居たい」と呟いた。そして「ごめん、嘘ついた」と泣きそうな顔で言って膝に顔を埋めた。


「違う。ごめん。友達で居たいのは嘘じゃない。それは本当」


「……そっちが嘘じゃないのは分かるよ。俺にとっても湊は友達だよ。大事な友達」


「……うん」


「……けど、ごめん。好きだよ。湊。これは友達としてじゃなくて、恋愛的な意味で」


「……僕は君とは付き合えない」


「分かってる。……最後まで聞いてほしい」


「……うん。……言われてしまったからにはちゃんと聞くし、ちゃんと答える」


 そう言いつつ、彼は俺と目を合わせようとしない。自分に言い聞かせているように聞こえたが、聞いてくれるならどちらでも良かった。


「ありがとう。……俺は君が好きだ。けど、付き合いたいとは言わん。今のままで良い。今のままが良い」


 俺がそう言うと、彼は目を丸くした。そして泣きそうな顔で「それは本心なの?」と問う。


「本心だよ。君に気を使ってる訳じゃない」


 決して、強がりではなかった。怖かった。恋人という関係になることが。彼が俺に対して恋愛感情を向けることが。


「俺は男だ。けど……身体はこの通り、女だからさ。だから……嫌なんだ。女の俺を好きだって言ってほしくない。君と付き合うことで、普通の女になってしまいそうで怖い」


「……そっか」


「そう。だから……好きだけど、付き合いたいとは望めない。安心してフってくれ」


「……うん。僕も、君とは今のままが良い」


「……そうか。ありがとう。受け止めてくれて」


「……うん」


「……大丈夫か?」


「……うん。大丈夫。……ごめんね。本当は僕、ずっと前から気づいてた」


「あれだけ周りが騒いでたらそりゃ気づくわな」


「あれで気づかないのは多分、カズくんくらいだと思う」


「……えっ、嘘だろ。和希の鈍感っぷりって天然なの?」


「天然だよ。あれは。僕は違う。なんとなく分かる。というか……さっきも言ったけど、カズくんの後に来るから」


「あぁ……」


「……正直、君と付き合ってしまえば魔除けになるかななんて思った。けど、出来なかった」


「……俺が君のことを好きだって気づいたから?」


「それもある。けど……きっかけは違う。君が自分が男だと告白してくれたから。……僕と付き合うことで、今まで以上に周りから女として見られるんじゃないかって考えたら……言えなかったんだ。君を僕のにしたいなんて」


「……んだよそれ。どれだけ俺のこと好きなんだよ」


 思わず笑ってしまう。どこまでも優しい人だなと、改めて実感する。そして同時に、残酷な人だと思った。付き合いたいと望まないでほしいと願いながら、純粋な優しさで包み込んでくるなんて。きっと彼はこの先、その優しさで多くの人を救うと同時に多くの人を傷つけるのだろう。

 尚更、彼の恋人にはならなくて良いと思った。今のままで充分すぎるほどの優しさを貰っているから。これ以上もらっても今の俺には持ちきれない。

 だけど——


「……なぁ湊」


「何?」


「いつか俺が、自分の望む性別で生きられる日が来てさ……」


 その時に、もしもお互いに恋人も好きな人も居なかったら、付き合ってほしい。

 その言葉は喉元まで出かけて引っ込んだ。

 言ってしまえばきっと、彼はその言葉に縛られて俺のことを待ってしまうから。その時までに彼のことを幸せにしてくれる人が現れるなら、どうかその人のことを見逃さないでほしい。


「……やっぱやめた。その時になったら言うわ」


「えっ、なにそれ。今言ってよ」


「やだ。その時まで言わねぇ」


 もしその時まで、彼の大きすぎる優しさを受け止められる人が居なかったら、その時は『俺が全部受け止めてやるよ』と言えるくらい強くなろう。そう自分自身に密かに誓った。

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