第2話
恋を自覚したその日の夜、夢を見た。彼にキスをする夢。『好きだよ』と囁かれ、抱きしめられる夢。
目を覚ますとそこに彼は居なくて、だけど、唇の感触や声、体温が生々しく残っていた。
脳が作り出した幻想を抱いて、もう一度ベッドに身体を倒す。心臓が騒ぐ。誤魔化そうと布団に潜れば、外の音が遮断されて余計に大きく聞こえる。
どんな顔をして彼に会えば良いかわからなくて、その日は仮病を使って学校を休んだ。
今日一日は休んで、そしたらきっと、明日からは普通の顔をして会える。
そう思っていた自分が甘かった。
翌日。友人と学校へ向かっていると、たまたま後ろから彼に声をかけられた。
「おはよう。コウくん」
「お、おはよう……」
「……もしかして、まだ体調悪い?」
「い、いや。大丈夫だよ。もう治った。元気元気」
「無理しちゃダメだよ」
「う、うん……ところで、今日は朝練は?」
彼はバスケ部で、普段は朝練をしていた。対する俺は特に部活をやっておらず、いつもギリギリに登校していた。登校時間が被るなんてほとんどない。
もしかして、合わせてくれた? なんて、都合の良い解釈をしてしまう自分に苦笑する。何故この時間に居るのかなんて、聞くまでもなく、頭に付いている寝癖が答えだ。
「アラームかけ忘れて寝坊しちゃって」
「だろうな。寝癖ついてる」
「えっ、嘘、どこどこ?」
「ここ——」
彼の柔らかい髪に触れた瞬間、昨日の夢がフラッシュバックした。高鳴る心臓を悟られないよう、彼から顔を逸らす。
「櫛だけで直るかなぁ」
「櫛、使う?」
「いや、良いよ。マイ櫛あるから」
そう言って彼は胸ポケットから櫛を取り出してささっと寝癖を解いた。
「直った?」
「……うん。直った」
「よし」
彼はいつも通りだった。だから、俺もいつも通り振る舞えていると思っていたが、彼が居なくなると友人に言われた。
「光さ、鈴木のこと好きだよね」
「だよね! あたしも思った」
「え、逆じゃない? 鈴木くんの方が光ちゃんに惚れてるでしょ」
「てか、実は付き合ってるんじゃない?」
「付き……!?」
付き合ってる。その一言で思わず動揺が隠せなくなる。友人達はそんな俺を見て確信したと言わんばかりにニヤリと笑い「いつから付き合ってんの?」と付き合っていること前提の問いを投げかける。
「ま、まだ付き合ってないから!」
「ほう。まだなんだ」
「い、いや、まだというか、付き合うつもりないよ……だって私は……」
『だって私は』その先になんて言葉を続けようとしたのかは、当時の自分にはわからなかった。
後に分かるが、俺は怖かったのだろう。彼と付き合うことで普通の女になってしまう気がして。
トランスジェンダーだからといって同性(自認する性別から見て)を好きになってはいけない訳ではない。そんなこともう分かっていた。分かっていたが、彼への恋心を表に出すことが、自分の心が女であることの証明になってしまいそうで怖かった。
そしてなによりも怖かったのは、彼との友情が壊れてしまうことだった。
「湊とは、友達だよ。ただの」
自分に言い聞かせるように言葉にすると、胸がちくりと痛んだ。
「……光はそれで良いの?」
「良いの? ってなんだよ。良いと悪いも、本当に友達なんだってば。確かに好きだよ。好きだけど、付き合いたいとかそういうのじゃない」
「そうは見えないけどなぁ……」
「見える見えないとかじゃなくて、私自身が言うんだからそうなんだよ。他人にどうこう言われたくない。ほっといてよ!」
ついつい語気を荒げてしまい、空気が悪くなる。彼女達はすぐに謝り、俺もすぐに許した。けれど、気まずい空気はそう簡単には消えずに、しばらく続いた。
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