その5 倶楽部結成!

 ここは貴族学科の部室棟の廊下。

 俺は突然ローゼマリーに声を掛けられて立ち止まった。


 実は俺は、昨日ローゼマリーから受けた誘いを断るためにここに来ていたのだ。

 心の準備が整う前に本人に出会ってしまった事で、俺は激しい焦りを覚えた。

 しかしここで、道に迷ったまま何故か俺に付いて来たクラリッサが、ローゼマリーの姿を見て突然叫んだのである。


「なっ! アナタは!」

「えっ?!」


 驚くクラリッサ。尋常ではない驚きっぷりだ。

 この反応。ひょっとしてクラリッサは、ローゼマリーが親交を断ったという取り巻きの一人だったのか?

 だとしたらヤバい。面倒なことになりそうだ。


 いや待て、ローゼマリーの方はクラリッサの事を知らないようだ。

 単に、自分を見て急に叫んだ少女に対して驚いているだけのように見える。

 これは一体どういう事なんだ?


「お隣のクラスの人なのですよ!」

「微妙な距離感だな! つーか叫ぶほどの事かそれ?!」


 クラリッサの言葉に俺は反射的にツッコミを入れてしまった。


「何を言っているのですか! すごい金髪の縦ロールで有名なのですよ! 有名人なのですよ!」


 いや、それ多分縦ロールが有名なんじゃなくて、”伯爵家の令嬢”だから有名なんだと思うぞ。

 そしてクラリッサの言葉に、何故かショックを受けるローゼマリー。


「私、そんなに有名じゃありませんわ!」

「否定するトコそこ?!」

「いいえ、有名なのです! クラスに友達のいないアタシでも聞いた事があるほど有名なのですよ!」

「止めろ! そんな切なくなるような情報は聞きたくなかったわ!」

「私だって今はクラスどころか、学年全体でお友達がいませんわ! あなただけが一人だと思わないでください!」

「なぜそこで張り合うし! というか誰か止めろ!」


 グダグダな展開に、相手が貴族の令嬢達という事も忘れて、ついツッコミを入れてしまう俺。

 そんな俺を執事のゼルマが睨み付けて来た。


「あなた、お嬢様に無礼ですよ」

「だったらアンタが二人を止めろよ!」


 俺の勢いに押されたのか鼻白むゼルマ。


「ケンカはいけませんわ」

「そうなのですよ」

「誰のせいだと思っているんだよ!」


 美少女二人に窘められ、あまりの理不尽さにキレる俺だった。




 俺達は昨日の部屋でお茶を飲んでいた。


「落ち着きましたか?」

「はい。先程は取り乱してすみませんでした」

「本当なのです。反省するのですよ」


 何故かふんぞり返るクラリッサに、俺は釈然としない思いを飲み込んで頭を下げた。

 とはいえ平民が貴族の令嬢を怒鳴り付けたのだ。言葉による注意で済んで良かったと思うべきだろう。


「え~と、お二人は面識は?」

「ありませんわ」

「噂しか聞いた事はないのです。クラスメイトは隣のクラスまで見に行っていましたが、私は誘われなかったのです」


 ぐっ。だからどうしてサラッと重たいネタをブッ込んで来るかな、コイツは。

 ともかく、ローゼマリーが知らないという事は、クラリッサは将来彼女を裏切るメンツには入っていなかったようだ。

 正直、頭の出来はともかく、性根は悪いヤツでは無さそうなので、この件に無関係でいてくれたことに俺はホッとしていた。


「ところでメッテルニヒ様は何でこんな所で平民と待ち合わせをしていたのです?」

「その事ですか。実は――」


 昨日俺にも話した五年後の話を始めるローゼマリー。

 あれっ? ここでその話をしちゃうんだ。

 俺はてっきりもっとこう、大事な人にだけ打ち明ける的な重要な秘密なんだとばかり思っていたんだが。


 まあ、考えてみれば会ったばかりの平民である俺に話したくらいだから、彼女にとってはそのくらいの秘密なのだろう。

 何だろうか、必要以上に重く受け止めて、ずっと悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか?


 ローゼマリーの話に、クラリッサは怒りに身を震わせている。

 彼女がパーティー会場から逃げ出した下りでは、目にいっぱい涙を溜めていた。


「こうして私は溺れ死んでしまったのですわ」

「ぶびゃあああ、びどい、びどずぎだどですばあああ」


 いや、何言ってるか分からんし。

 ついに涙腺が決壊して大泣きするクラリッサ。

 あーあ、折角の美人がもったいない。

 でも、他人の不幸にこんなにも感情移入出来るコイツを俺は悪く思う事は出来なかった。


 クラリッサはテーブルに備え付けてあったナプキンで涙を拭った。

 何故かローゼマリーまでもらい泣きをしている。

 いや、あなたの話ですよね、今の。


「悲しんでいる人を見ると悲しくなってしまうのですわ」


 お嬢様は共感力がハンパないな!

 俺なんて誰かと映画とか見ていて、先に泣かれると逆に冷めちゃう方だけどな。


「そんな酷いヤツらは許せないのですよ! 復讐するのですよ! 皆殺しなのですよ!」

「過激すぎるだろ!」

「でも彼女達も今はまだ何もやっていないわけですし」


 義憤に駆られて考えなしに叫ぶクラリッサ。

 そんな彼女を窘めるローゼマリー。大人だな。


「でも・・・でも・・・う~っ・・・我慢出来ないんですよ!」


 さっきまで涙を拭いていたナプキンをガジガジとかじるクラリッサ。


「もうダメ! アタシ、メッテルニヒ様に協力する! このまま知らんぷりするなんてアタシの正義が許せないのです!」


 正義が許せないって、どこの正義の味方だよお前は。

 とはいえクラリッサの気持ちは伝わった。

 バカだけどいい奴じゃないかお前は。


「メッテルニヒ様! アタシに出来る事なら何だってするから言って欲しいのですよ!」

「ありがとうございますわ、シェーラー様。」


 感極まって手に手を取り合う美少女二人。何だろうか、まるで映画のワンシーンのようだ。

 そんな風に俺が他人事のように見ていられたのはここまで。

 クラリッサは俺の方に向き直ってこう言ったのだ。


「ほら、そこの平民。アタシもお前とメッテルニヒ様の・・・え~と、同盟? 組織? とにかくそういったモノに入ってやるのですよ。感謝するのですよ」

「えっ?」


 あれ? これって今更「俺では力不足なので辞退させて下さい」とか言えない流れなんじゃね?

 焦った俺は咄嗟にローゼマリーの方を見た。


 うわっ。すごく良い笑顔でこっち見てるし。


 ・・・くっ。


 しゃーないか。


「・・・あざーっす」

「何それ?」


 いいだろ、別に。ウチのサッカー部ではみんなこう言うんだよ。


 ・・・まあ、最初から俺はローゼマリーの力になりたかった訳だし。

 ただ、自信がないので断ろうとしていただけで、本心では引き受けたかった訳だし。

 だから何の不満も無いよ。ああ無いともさ。

 だって仕方が無いだろ。ほっときゃ死んじゃうかもしれないんだぜ?

 そりゃあ俺に何が出来るかは分からないが・・・って。


 あああっ! もうごちゃごちゃ考えるのは止めだ!

 俺はやる! やると決めた! 今!

 やると決めた以上、出来る限りの事はやる! 以上!


 正直に言おう。俺は今すごくホッとしている。

 一日中重苦しかった心がフワリと軽くなっているのを感じている。

 やっぱり俺はローゼマリーを助けたかったんだ。

 ようやく自分でもその事が嫌というほど分かったよ。


 そんな風に俺が自分の心と向かい合っている間にも、クラリッサの話は続いていた。


「で、結局この集まりは何と呼べば良いのです?」


 名前? そうだな・・・ 三人の集まりって何て言うんだっけ? 何とかトリオ? う~ん。何だか急にお笑い芸人の名前みたいになったな。

 それに今後も人数が増えたり減ったりするかもしれない。その度に呼び名が変わるっていうのもややこしい。


「倶楽部! 倶楽部はどうでしょうか?! 私、学園では倶楽部活動に憧れていたんですの!」


 このローゼマリーの提案にボッチのクラリッサが食い付いた。


「良いのです! 倶楽部! それに決まりなのです!」


 倶楽部か。まあ確かに学園っぽい気がするな。

 仮に誰かに「アルト、お前いつも放課後何処に行ってんだよ?」とか聞かれた時にも、「〇〇(ここはまだ未定)倶楽部だよ」とか答えりゃいいわけだし。

 うん。悪くないかも。いいんじゃないか倶楽部。


「ではこの集まりは”悪役令嬢対策倶楽部”ですわ!」

「何でそうなるんだよ!」


 ねーよ! それだけはねーよ!


「アルト、お前いつも放課後何処に行ってんだよ?」


 とか聞かれた時に


「悪役令嬢対策倶楽部だよ。」


 なんて答えられねえよ! 何だよその倶楽部って話になるわ!



 だが、俺の必死の抗議も虚しく、この集まりは”悪役令嬢対策倶楽部”に決まったのだった。

 こんな名前の倶楽部に所属しているなんて誰にも言えねえ!

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