その6 つかみどころのない美少女

 翌日の放課後。

 俺は昨日に引き続き、今日も重い足を引きずりながら貴族学科の部活棟まで歩いていた。


「いや、無いわ~。”悪役令嬢対策倶楽部”は無いわ~」


 おっといかん。つい心の声が漏れてしまった。

 

 そう、昨日の放課後、俺は何故か同行していたクラリッサという残念美少女と共にローゼマリーに協力する事を約束したのだ。

 その際に俺達の集団に名前が必要という話になって、付いた名前が”悪役令嬢対策倶楽部”だったのである。

 ちなみに命名はローゼマリーご本人様だ。貴族のお嬢様ってどういうセンスをしてるんだ?

 もちろん俺は反対した。

 だってそうだろう? こんな名前の倶楽部、誰かに聞かれたら俺の存在が社会的に抹殺されかねないじゃないか。


 『ええっ?! 今の男子、”悪役令嬢対策倶楽部”って言ってなかった? 何その変な名前の倶楽部?』みたいな?


 くっ。俺だって好きでこんな名前の倶楽部に入ったんじゃないわい。

 何で日本ではサッカー部に入っていた俺が、こんな出オチみたいな名前の謎倶楽部に入らなきゃならないんだ。


 ローゼマリーに協力する事自体はやぶさかではない。いや、むしろ積極的に力になりたいとまで思っている。


「でも”悪役令嬢対策倶楽部”はイヤなんだ!」


 おっといかん。また声が出てしまった。

 俺は誰かに聞かれていないかと辺りを見渡した。


 あっ・・・


 俺は校舎のそばに植えられている木の根元、そこに一人の少女が座り込んだまま木に背中を預けて眠っているのを見つけた。

 青いゆるふわヘアーの背の高い少女だ。

 上級生だろうか? 寝息に合わせて緩やかに動くバストが、え~と、スゴく発育していらっしゃってます。

 俺はたわわに実った果実をーーじゃない、まつ毛の長い少女の美貌をしばらく凝視――じゃない観察していたが、どうやらよく寝っている様子だ。

 俺はホッと胸をなでおろした。


「・・・ふう。聞かれてなかったか」

「何を?」

「ギャアアアアア!」


 いつの間にか少女は起き上がって俺の方を見ていた。


「い・・・いつから起きていたんでしょうか?」

「・・・寝てないし」


 あ、コレ絶対嘘だ。間違いなく寝てた人間の反応だ。


「いや、寝てないから」

「寝てた人に限って、人に指摘されると寝てないって言うんですよ?」

「ホント寝てない。マジでマジで」


 見た目に似合わずノリが軽いな。

 どこか印象的な眠そうな目で俺の方をジッと見つめる少女。


「寝てなかったんなら、さっきの俺の呟きを聞きましたか?」

「・・・呟きによる」


 よしOK。この子は聞いていない。オーケー、オーケー。


「いや、本当は聞いているから。答え合わせをしよう。せーので同時に言うよ。せーの・・・」


 俺と彼女の間に沈黙が落ちた。


「・・・何で何も言わないの?」

「逆に何で言うと思ったし」


 不満そうにする少女。

 俺はいつまでも少女の巨・・・少女を見ていたいという誘惑を振り払って踵を返した。


「じゃあ俺はこれで」

「土の精霊」


 少女がポツリと呟くと俺の膝から下が地面の中に沈み込んだ。


「なっ?!」

「光の精霊」

「うわっ! 眩しっ!」

「・・・間違えた。火の精霊」


 いきなり目の前に光の玉が現れたかと思うと、それはすぐに火の塊に変化した。

 ・・・ていうか、光と火を間違えるってどういう事よ?

 まあ漢字で書けば光と火って横棒一本の違いだけでちょっと似てる気もするけど。


「これは・・・魔法?!」

「そう。ひょっとして実際に自分の体で魔法を受けたのは初めて?」


 ひょっとしても何も、実際に受けるどころか俺にとっては見るのも初めてだ。

 これが魔法・・・

 目の前の火の塊は、その場に燃える物もないのに燃えながら、フワフワと空中に浮かんでいる。

 俺は初めて体験する異世界の神秘に、こんな状況でありながらついつい心が躍るのを止められなかった。


「答え合わせのやり直し。やらないなら丸焼きにする」

「なっ! 物騒過ぎるだろ!」

「せーので言うよ。せーの・・・」


 俺と彼女の間に再び沈黙が落ちた。


「・・・結構しぶとい」

「いや、急に振るから付いていけなかっただけだから! ていうかそもそも何でそんなに聞きたいわけ?!」


 俺の言葉に少女は「もういい」と言うと軽く手を振った。

 少女の手の動きに合わせてたわわな果実がユサリと揺れた。

 ノーブラですか。ご馳走様でした。


「あ、足が」


 俺の目の前で揺らめいていた火が消えると、俺の体が地面から押し上げられた。

 俺は自由になった足を確認する。

 さっきまで地中に埋まっていたにもかかわらず、靴もズボンも綺麗で、どこにも土の汚れなどは付いていなかった。


 不思議だ。まるで魔法みたいだ。

 あ、マジもんの魔法だっけ。


「今脅したのはウソ。隠されたからほんのちょっとだけ気になっただけ。もう言わなくていいから。むしろ聞きたくなくなったから。全然」


 俺の言葉に興味を失った少女はそう言うとジッと俺を見つめた。


 ・・・ジッと見つめた。


 じ――――っ


 いや、だから何でそんなに見つめるわけ?


「そろそろ言う気になった?」

「めちゃくちゃ聞きたいんじゃん?!」

「押してもダメだったから引いてみた」


 ああ、そういう作戦だったのね。はいはい。

 ・・・まあいいか。俺も一昨日、ローゼマリーに秘密を打ち明けられた時は重く受け止めていたけど、昨日、彼女自身があっさりとクラリッサにしてるのを見たばかりだし。

 案外二人も既に倶楽部の事を誰かに喋っているかもしれない。

 それにこの人はあまり社交的な性格じゃ無さそうだし、言っても悪い噂が広まったりはしそうにない気がした。


「分かりました、いいですよ。特に隠すようなモノでもないですから。さっき俺はこう言ったんですよ。『”悪役令嬢対策倶楽部”はイヤなんだ。』ってね」


 


「ええっ! その姿はどうしたのです?! 平民アルト! それにその女子生徒は誰なのですよ!」


 ここは部室棟のいつもの部屋。今は悪役令嬢対策倶楽部の部室とでも言えばいいのだろうか。

 部屋に入った俺の姿を見てクラリッサが大声を上げた。

 俺は今、囚人のように手と首に石で出来た拘束具を付けられた状態だ。正直スゲー重い。

 ローゼマリー会長も俺の姿に目を丸くして驚いている。

 ちなみにウチは倶楽部なので本来はローゼマリー会長・・ではないのだろうが、何だかローゼマリーに似合うのでそう呼ぶことにしていた。


 まあそれはいいや。


 俺は自分の後ろに立つ女性を振り返った。

 そこに立っているのは眠そうな目をした巨・・・背の高い美女。


「えーと、この人はディアナ・アスペルマイヤー様。何と言うか・・・この倶楽部に興味があるんだそうです」


 そう、俺から倶楽部の名前を聞いディアナは何故かこの倶楽部に興味を示したのだ。

 面倒ごとの気配を察した俺はすかさず逃げ出そうとしたのだが、時すでに遅し。

 彼女の魔法であっという間に拘束されてしまったのだ。

 この拘束具はその時に付けられたものだ。もちろん何もない場所からディアナが魔法で生み出したモノだ。

 魔法万能だな。


 俺から倶楽部の活動内容を聞き出そうとしたディアナだったが、それを語るにはローゼマリー会長の未来を語らなければならない。

 流石にそんな大事なことを、本人のいない場所で勝手に俺が喋るわけにはいかない。

 どう言われようとも他人の秘密を口にするわけにはいかない、と、頑として跳ね除けた俺だったが、「だったら本人に聞く」と言われて結局は渋々ここに案内することになったのだ。

 どうしてこうなったし。


「なっ・・・ 平民アルト! お前この倶楽部の事をこの人に話したんですよ?!」

「いや、名前しか言ってないから。そしたら変に食い付かれちゃって」


 あ、ちなみにディアナは俺達と同じ一年生だった。という事はまだ十四~五歳。日本で言えば中学三年生か。

 良く育ったもんだな、色々と。


「他所で名前を言ったんですの?! 何でそんな恥ずかしい事をしたのですか?!」

「自分で恥ずかしいとか言っちゃったよ! ローゼマリー会長が付けた名前じゃないですか!」

「この裏切り者! 倶楽部の秘密を洩らしたものは粛清するです!」


 真っ赤になった頬を押さえるローゼマリー会長。

 可愛い仕草だけど、この名前を付けたのあなたですからね!

 そしてクラリッサ、この倶楽部はどこの秘密結社だ! 怖すぎるわ!

 早くも内部分裂しかけている我が悪役令嬢対策倶楽部。


 ここで俺の前にディアナが立った。

 何となく気押さえて黙り込む会長とクラリッサ。


「僕もこの倶楽部に入部を希望する」

「よもやの僕っ子だった!」


 俺のツッコミは全員に無視された。

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