その4 面倒くさい美少女

「おー、よく無事に帰って来られたな」


 ここは平民学科の男子寮。俺が部屋に戻ると同室のダミアンが顔を上げた。


「おかえりアルト、あ、ダミアンそれダウト。ていうか二人でダウトをするの、もう止めない?」


 ダミアンとマリオは二人でカードゲームを遊んでいる所だった。

 ちなみにこの世界にもトランプに良く似たカードゲームがあって、俺は二人に色々な遊び方を教えていた。

 というか、よく一対一でダウトをやるなんて馬鹿馬鹿しい事を思い付いたもんだ。

 こんなの自分が持ってないカードは全部相手が持ってるに決まってるだろうが。

 きっとダミアンが無理にマリオを誘ったのに違いないな。ダミアンらしいバカな話だ。

 流石のダミアンもつまらなかったのか、持っていたカードを投げ出すと俺に向き直った。


「で? 用件は何だったんだ? なんで昼休みから今までかかっていたんだ?」

「僕達もみんなに色々聞かれて大変だったんだよね。どこに連れて行かれたの?」


 好奇心むき出しで聞いてくる二人のテンションの高さに、俺は少々辟易した。

 今日はローゼマリーから色々な話を聞かされて俺だって疲れているんだ。

 俺はわざと少し目を伏せ気味にして沈んだ声を出した。


「・・・これ絶対に他人に話すなって言われているし、聞いた人間は自動的に貴族の面倒事に巻き込まれちゃうんだけど・・・。お前達、それでも俺の話を聞いてくれるかな?」


 二人の反応は劇的だった。


「そうか、大変だったんだな。俺に出来る事だったら何だって力になるぜ。ああ、もちろん俺なんかじゃ全く力になれないと思うんで、全然かいかぶらないでくれていいぜ。いやマジで」 

「ゴメンね。僕は大して力になれないかな。でも応援はさせてもらうよ。ホント、僕にはそれくらいしか出来ないからさ」


 言い訳をしながら全力で俺から遠ざかっていく二人。

 やれやれ、こんな形で同室の友人との友情を確かめる羽目になるとは思わなかったぜ。


 俺は二人から離れると自分のベッドに横になった。

 平民寮の三人部屋は大きめな机と固いベッドと鍵の無いロッカーでいっぱいいっぱいで、後は歩くスペースくらいしか残っていない。

 俺は少し考えを纏める時間が欲しかった。

 ダミアンとマリオはそんな俺をしばらく見ていたが、さっきまでと違い何も聞いてくる事は無かった。


 さて、ここは率直に言おう。俺はローゼマリーに手を貸したいと思っている。

 というか、この危なっかしいお嬢様の事がほっとけない気分になってたのだ。


 だが、俺はあえて「考える時間が欲しい」と、一旦は返事を保留にした。

 俺の言葉を聞いたローゼマリーのガッカリした姿に、俺は強い罪悪感を抱いたものだ。

 平民学科の敷地内まで送ってくれた出来る系執事ゼルマは、その鋭い視線でこちらをずっと睨んでいた。


 なぜ俺が既に心が決まっているにもかかわらず、彼女に対する返事を保留したのか?

 それは、俺なんかでは彼女の手伝いにならないんじゃないか、と思ったからだ。

 せめて俺が彼女と同じ貴族だったら、まだ彼女をフォローする事が出来ただろう。

 しかし俺は何の後ろ盾も無い平民に過ぎない。

 仮に無責任に「協力します」と言ったとしよう。でも、後々になって、俺が何の役に立たない事が分かった時にローゼマリーはどう思うだろうか?


 そう。ハッキリ言おう。俺は彼女に失望されるのが怖いんだ。


 俺の事を情けないヤツだと思うか? でも、俺は何の力も無い平民なんだぞ。

 いや、その平民の持っている常識すら知らない異世界転生者なんだ。そんな俺が彼女に何をしてあげられるだろうか?


 ・・・やっぱりこの話は断る以外ないか。


 ローゼマリーはガッカリするだろう。けど、結局それは早いか遅いかの違いでしかない。

 期待した後で裏切られれば、お互いがより深く傷付く事になるだろう。同じ傷つくならまだ傷口が浅く済む今の方がいいんだ。


 ――そう結論付けたものの、俺の気持ちは晴れなかった。

 俺は沈んだ気持ちで何もする気にならず、夕食の時間まで自分のベッドでフテ寝を決め込むのだった。




 翌日の放課後。

 俺は重い足を引きずりながら貴族学科の敷地内を歩いていた。

 貴族学科の敷地内――と言うが、実の所メッテルニヒ魔法学園の敷地はほぼほぼ貴族学科が占めている。

 俺達の平民学科なんて学園の一部。校舎と男女の寮の三つの建物がその全てだ。

 ちなみにグランドなんて無いから体育の授業も無い。


 ローゼマリーは昨日の部屋で俺を待っているはずだ。

 どう話を切り出せば、少しでも彼女を傷付けずに済むだろうか?

 俺は良い考えも浮かばずに、痛む胃を押さえながら歩いていた。


「ちょっとそこのアナタ!」


 貴族学科の敷地内を歩くことしばし。

 俺は女子生徒から声をかけられた・・・のか?

 いや、平民の俺なんかを貴族の子女が呼び止めるわけないか。

 俺は聞かなかった事にして歩き続けた。


「そこのアナタと言っているのです!」


 女子生徒は俺の背後から走ってくると俺の服を掴んだ。

 なんだ、やっぱり俺の事を呼んでいたのか。


「すみません。聞こえていませんでした」

「絶対に嘘なのです! アタシ一度も声が小さいなんて言われた事なんてないのですよ!」


 流石に今の返事では誤魔化せなかったか。

 とはいえ、貴族の女子生徒に話しかけられても、面倒ごとの予感しかしないんだけどな。

 渋々振り返った俺の目に入ったのは・・・


 物凄い美少女だった。


 ローゼマリーも大概美少女だったが、どっちかといえば美人という表現が似合う美少女だった。

 しかし、俺の目の前にいるのは美人と可愛らしさを兼ね備えた美少女。まるでアイドルのような”ザ・美少女”だったのだ。


 俺は目の前のリアル美少女に、思わず頭の中が真っ白になってしまった。

 顔も赤くなっていたかもしれないが、そんな事を気にする余裕すら無くしてしまっていた。


「アタシは迷子に――はぐれてしまったクラスメイトを捜している所なのです。場所を案内して欲しいのですよ」


 おい、今迷子になったって言いかけなかったか?

 ひょっとして、はぐれてしまったクラスメイトっていうのは自分の事なんじゃないのか?


 それはともかく、俺は貴族学科の校舎の事は全く知らない。

 というかぶっちゃけ、昨日連れられて来た部室棟とやらしか知らなかった。


「すみません。分からないので他の人に聞いて下さい」


 俺は丁寧に頭を下げると、もっとこの美少女を見ていたいという誘惑を振り切って歩き出した。


「ちょっと待つのですよ! こんな場所にアタシを一人で置いて行かれても困るのです! アタシも連れて行くのですよ!」


 しかし、この美少女は俺の服を掴んで離してくれなかった。

 え~。そんな事を言われても困るんだが。


「あれ? アナタ見慣れない制服を着ているのです」

「ええ。俺平民学科の学生なんで」


 すると彼女はまるで俺の服に電流が流れたかのように、パッと手を離して後ずさった。


「平民学科?! 貴族のアタシを平民学科に連れて行ってどうするつもりなのです!」


 ビシイ! と音がしそうな勢いで俺を指さす美少女。

 うわっ。コイツ面倒くせっ!


「いや、あなたが勝手に俺に付いて来ようとしてたんでしょ?」

「そんな見え透いた嘘には引っかからないのですよ! お前、名を名乗れなのです!」


 名を名乗れって・・・時代劇かよ。まあ別に構わないけど。


「アタシの名前はクラリッサ・シェーラー! シェーラー男爵家の長女なのですよ!」

「自分が名乗るのかよ!」


 俺のツッコミを受けて、ええっ?! と驚きの表情を浮かべる美少女――クラリッサ。

 いや、俺の方がビックリしたわ。


「とにかく、俺が平民なのは分かってもらえましたよね。道なら貴族学科の学生に聞いて下さい。それじゃ」

「いやいや、こんな場所にアタシを一人で置いて行かれても困るのですよ。アタシも連れて行って欲しいのです」

「ここで会話がループするのかよ! 今までのやり取りは一体何だったんだよ!」


 何だか何もかもが面倒くさくなったよ。

 これからローゼマリーにどう断ろうかと悩んでいた所だったのに、すっかり気が萎えてしまったぜ。

 一体どうしてくれるんだ。コンチクショー。


「じゃあこうしましょう。俺は部室棟に用事があるんです。そこまで案内しますから、そこから先は自分でお願いします」

「分かったのです!」


 返事は良いんだよな。

 俺はドッと疲れを感じながら、クラリッサを引き連れて昨日訪れた部室棟を目指すのだった。




「ここが部室棟なんですよ? 初めて来たのです」

「いや、あなたどこまで俺に付いて来るつもりなんですか?」


 クラリッサは俺に付いて部室棟の中にまで入って来ていた。

 今は楽し気にキョロキョロと辺りを見渡している。


「外で待っていた方が良かったかしら? ならアタシはその辺で待っているからお前はサッサと用事を済ませてくるのですよ」

「いやいや、いやいや、何で俺がずっと案内する風になってるんだよ」


 俺の言葉に不思議そうな顔になるクラリッサ。

 くそう。可愛いな。顔は良いんだよコイツ。顔だけは。


 俺は小さくため息をついた。

 まあここまで付いて来てしまったものは仕方が無い。

 クラリッサの事は、ローゼマリーのところの頼れる執事ゼルマにでも頼むとするか。

 俺は気持ちを切り替えると昨日案内された部屋に向かって――


「あっ! アルト! 先に来ていたのですわね!」


 明るい少女の声に振り返ると、そこには執事のゼルマを連れたローゼマリーの姿があった。

 覚悟を決める前に彼女に出会ってしまう事になるとは思わなかった。

 クラリッサのせいで予定が狂いっぱなしだぜ。


 しかし、そのクラリッサはローゼマリーの姿を見た途端に目を丸く見開いて叫んでいた。


「なっ! アナタは!」

「えっ?!」

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