その3 未来の私は悪役令嬢
出来る系執事によって貴族学科の部室棟に連れ去られた俺は、そこで金髪縦ロールの美少女に出会った。
恥を忍んで正直に言おう。中学、高校と、ずっとサッカー漬けだった俺は、全く女っけの無い学校生活を送っていた。
そんな俺が部屋に金髪美少女と二人きりになったのだ。いっぱいいっぱいになったって仕方がないというものだ。
えっ? サッカー部のレギュラーだったんなら彼女くらいいたんじゃないかって?
うっせーな。俺が通っていたのは男ばかりのほぼ男子校だったんだよ。女子生徒なんて中坊の時以来、ほとんど見た事ないわ。
そんな俺に対して美少女は、俺を連れて来た理由を告げた。
「あなたには私が悪役令嬢として破滅する未来を回避するためのお手伝いをして頂きたいのですわ!」
美少女の真摯な訴えに俺は・・・多分馬鹿みたいにポカンと口を開けていたんじゃないかと思う。
いや、だって仕方が無いだろう。
だったらお前、彼女の言った言葉がどういう意味か分かったか?
美少女は俺の反応の鈍さに何かを察したのか、ポンと手を打った。
「そうですわね。順番通りに話していかないと分かって頂けませんわね。ゼルマ!」
少女の声にドアがノックされる。
部屋に入って来たのは、さっき俺を拉致してこの部屋に連れて来た、あの出来る系執事だった。
ゼルマって言うんだな。コイツ。
「失礼します」
「テーブルとお茶の用意をなさい。この方の分も忘れずに」
「・・・かしこまりました」
ジロリと俺の方を睨む執事――ゼルマ。
平民の俺なんて立たせておけばいいのに、とでも言いたげである。
その態度に俺は少しムッとしたが、貴族にとってみれば平民なんてそんな扱いなんだろう。
郷に入っては郷に従え。現代日本の価値観をこの世界の人間に当てはめるべきではない。
というか、考えてみればウチのサッカー部の一年生だって割とそんな扱いだったしな。
運ばれてきたテーブルでお茶を手に美少女――メッテルニヒ伯爵家ローゼマリーは詳しい事情を語ってくれた。
その内容は・・・ちょっと信じ難いものだった。
今から
彼女はこの学園の卒業パーティーで、婚約者である王子から婚約破棄を言い渡されると言うのである。
今から
ちなみにその少女は平民なのだが、
つまり彼女は未来に起きる話を俺にしている、という事になるわけだ。
もうこうなってくると、どこから突っ込めば良いのか俺には分からなかった。
「やはり信じて頂けませんか――」
しょんぼりと項垂れるローゼマリー。
その姿には酷く罪悪感が刺激されたが、それはさておき。実の所俺は”ちょっと信じ難い”とは思ったが、全く信じていなかった訳では無かった。
何故かって?
この俺、日本人片桐優斗は、この世界の人間アルト・ワルドマンに転生するという、非常識な経験を、現在進行形で体験している最中だからだ。
それに当たり前のように魔法があるこの異世界だ。例えば、ローゼマリーが、突然、魔法的な何かに目覚めて自分の未来を予知したとしても、さほどおかしなことは無いんじゃないだろうか?
「そんな荒唐無稽な魔法なんて聞いた事がありませんわ」
おおう・・・ 本人の口から完全否定のお言葉を頂きました。
微妙な表情をする俺の顔を見てハッとするローゼマリー。
「あ! でも、そう言った方が貴方が信じるならそうかもしれませんわ。きっとそうですわ。でも変な子だと思われるから他では言わない方がいいですわよ?」
驚きのグダグダっぷりである。
ま、まあ、魔法の件はともかくだ。
俺は彼女からもう少し詳しい事情を聞く事にした。
なぜかって? お前・・・今、俺は美少女と差し向かいで会話してるんだぞ。
断ったら話はそれまで。この貴重な時間が終わってしまうだろうが。そのくらい察してくれよ。
「あの・・・そもそも転入生を虐めなきゃいいだけなんじゃないですか?」
「・・・それは無理ですわ。私の実家はメッテルニヒ伯爵家ですもの」
なにやらカッコいい感じの事を言われた気がするが意味は分からん。
どうやらローゼマリーの中ではここだけは(なぜか)譲れないらしい。
何か俺には言えない理由があるのかもしれない。
いや、考えてみれば、五年後には虐めたヤツらが彼女に罪をなすり付けて来るのか。
仮にローゼマリー本人が虐めようが虐めまいが、どの道罪に問われる事になってしまうんだろう。
これって実は厄介な状況だな。もうちょっと確認しておくか。
「え~と、お友達も貴方と一緒に虐めていたとおっしゃってましたが」
「あっ! それならば大丈夫ですわ!」
彼女が言うには、五年後を知った翌日に全員と縁を切ったのだそうだ。
「おかげで私は今、学年で一人ぼっちになってしまいましたわ」
「行動が極端ですね!」
まあ、五年後には誰も彼女を助けてくれなかったそうなので、彼女の気持ち的には仕方が無かったのかもしれない。
誰だっていずれ裏切る相手と仲良くするのはイヤだろう。
「別にイヤじゃありませんわよ? 今は普通に慕って頂けていましたし」
「あれっ? それが原因じゃなかったんですか?」
ローゼマリーの説明によると、彼女は五年後に訪れる破局を知り、今後は全力でこの未来を避けるために行動すると、強く決意を固めたんだそうだ。
「だから皆さんとお茶をしたり、一緒にお出かけをする時間は、今後一切取れそうにありませんもの。だったら最初から関係をお断りしておいた方がよろしいんじゃないかしら?」
「本当にあなたの行動は極端なんですね!」
まさかそんな理由とは思いもしなかった。とはいえさっきの話を聞く限り、そんなヤツらとの接点が無くなったのは逆に良い事なのかもしれない。
まあ五年間ずっとボッチ生活というのもそれはそれで辛いだろうが。
「目的のためには艱難辛苦を乗り越えるのですわ」
「・・・前向きなのは良い事だと思います」
前向きというか、前のめりにブッ倒れているような気もするけど、本人にやる気があるならそれで良いだろう。多分。
昔、有名な監督が「サッカーとはミスのスポーツ」と言った事があるらしい。
この言葉は「サッカーは選手がミスするだけではなく、監督や審判も同様にミスをするものだ」という意味で、だから「ミスすることを恐れてトライしないという事が無いように」と、積極的なプレーを推奨する意味なのだという。
まあローゼマリーの場合は、少しブレーキを踏むくらいの方が丁度良いバランスのような気もするけど。
「王子様との婚約の件なんですが・・・」
「この時点ではまだ決まっていませんわ。ハッキリと決まるのは・・・確か今から一年後だったかしら?」
この時点ではまだ彼女の実家が水面下で王家に打診中なんだそうだ。
それが決まるのが二年生になった時、王子が入学してきた時なのだと言う。王子って一学年下なんだな。
俺はちょっとだけモヤモヤとした謎の嫉妬を感じたが、そこはお茶を飲んで誤魔化した。
しかし、実家が動いているのならローゼマリーに出来る事は何もないだろう。
何せ王子の婚約者だ。貴族家にとってこれに勝る良縁は無いに決まっている。
仮にもしローゼマリーが「私はイヤですわ」と言っても、そんなワガママが通るものではないだろう。
「私はイヤだと実家にお断りの手紙は送ったんですけど、良い返事はもらえませんでしたわ」
「もう実行済みだったのかよ!」
思わず素でツッコミを入れてしまう俺。
まあ。と目を丸くするローゼマリー。ヤベ、あまりの展開につい相手が貴族だって事を忘れてた。
俺は内心で冷や汗をかいた。
「今の反応は気安い感じで新鮮でしたわ。今だけ私も平民になった気がしましたわ」
思ったより好評でしたとさ。あー良かった。
何が楽しいのか嬉しそうに頬を染めるローゼマリー。
色白だから興奮するとすぐに赤くなるんだな。
それにしても危なかったぜ。次からは気を付けないといけないな。
ローゼマリーは五年後の破局を避けるため、自分なりに色々と考えて(若干ピントのずれた)行動を取っていた。
そんな彼女が次に注目したのは、転入生は最初は平民学科に編入してくるという点であった。
「テレサは成績優秀で、入った途端に成績トップに躍り出るのですわ」
おお、それはスゴイ。あ、転入生の名前はテレサっていうのか。覚えとこう。
しかし、考えてみるとそんな中途半端な時期に入ってくるようなヤツだ。
そのくらい優秀なヤツだった。と考えれば話の筋が通る気がする。
「私は平民学科の事は分かりませんの。でもひょっとして、彼女が入ったことで一番苦々しく思っていたのは、同じ平民学科の学年主席の人だったんじゃないかと考えたのですわ」
あーなるほど。そこで俺につながる訳か。
今まで主席だったこの俺、アルトが、転入したてのポッと出に主席の座を奪われたらどう考えるか。
もしアルトが真面目なヤツだったなら、自分が努力してより良い成績を取って見返してやろうとするだろう。
しかし、もしアルトが下種野郎なら、転入生の足を引っ張って主席の座から引きずり下ろそうとするかもしれない。
そんな時、転入生が貴族学科の貴族令嬢から目を付けられていると知ったらどうなるか。
元主席の頭の良さを悪い方向に使って数々の嫌がらせを考えるんじゃないだろうか?
――俺はさっき出会ったヤンセン商会の娘とかいうボサボサ頭の少女を思い出した。
彼女は俺と会ってどう思ったんだろうか。首位を目指して努力する道を選ぶだろうか? それとも・・・
・・・おっと、考えが横道にそれた。
ともかく、俺がローゼマリーに何を望まれているか、今の話でおおよその見当は付いた。
つまり彼女は俺にテレサに嫌がらせをする道ではなく、自分に協力する道を選べと言いたい訳だ。
ぶっちゃけ俺は別に成績にこだわりがあるわけじゃ無いから、テレサに抜かれたってひがんだりは特にない。
だが、俺の事を知らないローゼマリーはきっと俺がそうするんじゃないかと考えたんだろう。
「えっ?」
「えって、えっ?」
あれっ? 違ったの? これまでの話ってそういう流れじゃなかったのか?
「あっ! そうそう、そうだったんですわ!」
「いや、今適当に合わせましたよね」
「す・・・鋭いですわ。さすが平民学科の首席なだけの事はありますのね」
いや、あなたの考えが態度に出すぎなだけですから。
「実は・・・」
そう言うとローゼマリーは、もじもじとしながら上目遣いで俺の方を見た。
くっ・・・何だよ、可愛いじゃねえか。
「どうせ勉強したって半年後には転入してきたテレサに抜かれるんだし、だったら、無理に今勉強しなくても私を手伝ってくれたらいいんじゃないかと思ったんですわ」
しかし、彼女の口から出た言葉はちっとも可愛くなかったとさ。ちぇっ。
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