その1 悪役令嬢対策倶楽部
「では本日の”悪役令嬢対策倶楽部”の活動を始めますわ!」
ベシッ!
俺の正面に座った、金髪をゴージャスな縦ロールにした美少女が机を叩いて宣言した。
「手が痛いですわ」
慣れない事をして手を痛めたようだ。途端に半べそをかく少女。
俺と同じ一年生の彼女――ローゼマリー会長は、貴族然としたおしとやかな見た目の割に、時々考えなしに行動する人なのだ。
ここは学園の貴族学科の敷地内にある部室棟の一室。
貴族学科には、こういった何に使われているのかも良く分からない建物が複数存在している。
たった一つの平民校舎しかない俺達平民学科とはかかっている金の規模が違うのだ。
「あの、ローゼマリー会長。倶楽部の活動を始めると言っても、俺しかまだ来ていないんですが?」
「あら、そう言えばそうですわね」
俺の指摘にキョトンとするローゼマリー会長。
どうやら思い付きで取りあえず言ってみただけだったらしい。
ちなみにこの倶楽部は”悪役令嬢対策倶楽部”。
この気の強そうな金髪美少女、ローゼマリーが会長をしている。
なにやら不穏な名前の倶楽部だが、その活動内容はいずれ説明する事にして今は置くことにしよう。
なぜなら――
「じゃあ皆さんが来るまで、アルトは何か面白い話をしてもらえません?」
早速お嬢様の無茶振りが来たからである。
ローゼマリー会長はワクワクしながら俺の言葉をじっと待っている。
まるで子供のような純粋な眼差しだ。俺の話が面白い事に何の疑いも持っていないのだろう。
何でここまで信じ切れるし。
俺はただの平民学生でお笑い芸人でも何でもないのだが。
涙が出そうになるほど酷いパワハラだが、ローゼマリー会長は伯爵家のご令嬢だ。
そして彼女のメッテルニヒ伯爵家はこのメッテルニヒ魔法学園のオーナーでもある。
伯爵家と言えば、本来、俺のようなド平民は言葉を交わす事すら出来ない雲の上のお人なんだそうだ。
そのような
封建社会に生きる身の厳しさである。
「じゃあ・・・ついこの間の話ですが。ええと、平民学科の俺のクラスに、ダミアンとマリオというヤツらがいるんです。まあ寮の同じ部屋の友達なんですけどね」
「まあ、アルトはクラスにお友達がいるのね。私にはお友達がいないので羨ましいですわ」
おおう。サラリとヘビーな事を言ってくれるぜ、このお嬢様は。
いやいや、気を取り直して話を続けよう。
「ゴホン。え~、俺とそいつらの三人で寮の食堂で飯を食っていた時の話です。その日、副菜でキノコのマリネが出たんです。マリオはたまたまそのキノコが苦手だったのか、それとも酢の物が苦手だったのか、その皿を残したんですよ」
ワクワクと期待を込めた視線を送ってくるローゼマリー会長。
「で、それを見たダミアンがおもむろにこう言ったんです。「キノコを食べないと大きくなれないぞ、マリオ」」
俺の話の続きをじっと待つローゼマリー会長。
けど、残念ながら俺の話はこれで終わりである。
ちなみにこの時俺は、ダミアンの言葉を聞いて思わず飲んでた水を噴き出してしまった。
いや、だって面白くね?
確かにキノコを食べないと大きくなれないだろう? マリオは。
”スーパーマ〇オブラザーズ”的に。
そう、今の話から分かる通り、実は俺は日本人転生者だ。
高校サッカーの練習試合の最中に気が付けばこの異世界の学生、アルトに転生していた。
最初は酷く混乱した。だが、俺にとって幸いな事に、アルトは親元を離れてこのメッテルニヒ魔法学園に入学した直後だった。
そんな訳で俺も周囲の人間もこの学園に入ったばかり。
お互いの事も学校の事もロクに知らないまっさらな状態だったので、俺の態度を不審に思われる事は無かったのである。
・・・いやまあ、少しくらいは変なヤツだと思われたかもしれないが、そのくらいは仕方が無いんじゃないか?
もし、アルトが実家にいる時に転生していたなら、いきなり見ず知らずのおじさんとおばさんを父さんと母さんと呼んで毎日一緒に暮らす事になっていたのだ。
そんな事になれば、どこからどうボロが出るか分かったもんじゃない。
それに比べれば、少しくらい周りから変に思われる事など全然大した問題じゃないだろう。
さて。ここはメッテルニヒ魔法学園。
そう。”魔法”学園である。
その名の通り、一般的な勉強の他に魔法を教えている学校なのである。
この世界には魔法が存在する!
これを知った時の俺のテンションは爆アゲだったね。
そして魔法は貴族にしか使えないと知った時には心底ガッカリしたね。いやマジで。
いや、だって仕方が無いだろう? 魔法だぜ?
男子で魔法に憧れないヤツはいない。これは間違いない。
メッテルニヒ魔法学園は十五歳から入学して卒業は五年後。
日本で言えば高校と短大を合わせた感じだろうか?
ちなみに俺は日本では十七歳だったが、今のアルトの体は十五歳。
少しだけ若返っているものの、たった二歳の違いなので年齢に関してはそれほどの違和感は感じていない。
それよりもアルトは体を全然鍛えていないらしく、そっちの方が違和感バリバリだ。
この体も今では自分の体だ。いつか余裕が出来たら鍛え直した方がいいかもしれない。
アルトは明るいブラウンの髪の平凡な顔つきの男子だ。
競争率の激しいメッテルニヒ魔法学園平民学科に受かっている事からも頭は良いらしい。
その事実を知って内心青ざめた俺だったが、この世界の学習レベルは日本より比較的低い事を知ってホッとした。
とはいえ俺も成績が良い方では無かったからな。今は本来のアルトのレベルに合わせるべく密かに猛勉強中である。
「今の話のどこが面白いんですの?」
おっと、つい考え事をしていた。
ローゼマリー会長が不満そうに俺の方を見ている。
ちょっとキツ目の顔つきの美少女が眉間にしわを寄せて不満そうにすると結構な迫力だ。
というか、初めて見た時にはあまりに見事な金髪縦ロールに、「マンガかよ!」と心の中でツッコミを入れた事は秘密だ。
「あー、俺の所のゲーム・・・お話では、キノコを食べて大きくなるマリオというヒゲのオヤジが主人公のお話があるんですよ」
「アルトの所には変わったお話があるんですのね。ひょっとして平民の間では有名なお話だったりするのかしら?」
有名かどうかで言えば有名だな。むしろ俺達の父親世代にとっては国民的なスターと言っても良いかもしれない。
ヒゲの配管工が国民的なスター。
そう考えると凄い国だったんだな日本は。
「きゃああ、遅刻なのです! ローゼマリー、遅れてごめんなさいなのですよ!」
キンキン声を上げて部屋に入って来たのはオレンジ色の髪の少女。
オレンジ色とはいっても染めている訳では無い。この世界ではまるでゲームやアニメのように色とりどりの髪の色の人間がいるのだ。
「むっ。何なんですよ平民アルト。ジッとこっちを見て、アタシに文句でもあるんですよ? 少しばかり早く来たからと言って生意気なのです」
俺が見ている事に気が付いたのだろう。いきなり俺に向かってガンを垂れるこの少女はクラリッサ・シェーラー。男爵令嬢だ。
黙っていれば清楚な正統派美少女といった見た目だが、そんな天からの授かりものを全力でドブに捨てているダメ人間である。
「だ・・・誰がダメ人間ですよ! 平民アルトの分際で生意気生意気生意気ーっ!」
おっと、口に出してしまったようだ。
本来、俺のようなド平民が貴族の令嬢に向かってこんな暴言を吐けば物理的に首が飛びかねない。らしい。
幸い、ローゼマリー会長の権限でこの部屋ではタメグチでも無礼講となっている上、クラリッサはこの部屋から一歩外に出れば俺の暴言など忘れてしまう残念な頭の持ち主なので問題は無い。
俺だって言っていい相手とそうでない相手の判断くらいはしているのだ。
「分かった分かった、ほら、カードゲームの相手してやるからコッチに来いよ」
「ふん! そんなことで誤魔化されないのですよ! 今日こそはコテンパンにしてやるのです!」
すでに会話の最初と最後で言っている事が変わっているが、クラリッサというのはこういうヤツだ。
見た目で言えば、正直、俺の好みの直球ド真ん中なだけに非常に残念である。
「ななな、何を言い出すのです! この変態アルト! お前の好みなんて誰も聞いていないのですよ!」
おっと、また口に出してしまっていたようだ。あまりにクラリッサがポンコツすぎてつい俺のガードも緩んでしまうみたいだ。
水は低い方に流れる。ウチの高校のサッカー部の監督が言っていた言葉だが、クラリッサといると俺もコイツのレベルまで下がってしまうのだろう。
「おい、押すなエッダ。ブラに入れたパッドがずれるだろう」
「・・・いや、バルバラ、君も女子なんだからそこは黙っていようよ」
開口一発、何とも残念な事を口走りながら入って来たのは、スラリとした男装の麗人。
だが・・・
「バルバラに胸があるのです!」
驚愕するクラリッサの言葉にフフンと胸を張る銀髪の麗人。
「パッドを入れているからな!」
俺はいたたまれなくなってそっと目を反らした。
あちゃあ、と額に手を当てるもう一人の少女。
こちらは小柄な黒髪の少女である。
日本人の俺には馴染の深い黒髪だが、少女の容姿と相まって逆に違和感しか感じない。
何と言えば良いか、俺の目には外国人が日本人のコスプレをしているようにしか見えないのだ。
「どうしたんですのバルバラ。貧――ゴホン、あなたがそんな事をするなんて」
あまりの驚きにローゼマリー会長が思わず禁句を口走りそうになったが、まあ気持ちは分かる。
黒髪の少女――エッダがバルバラの代わりに説明する。
「いやあ、バルバラが「同学年の女子からラブレターを貰ったらしいんだけど、彼女は私を男子と勘違いしているんじゃないだろうか?」ってウチに相談して来たんだよ。だったら女性らしいスタイルになればいいんじゃないかな、ってアドバイスしたって訳」
ああ、これ絶対にバルバラがエッダに遊ばれているパターンだな。
エッダは人当りが良いように見えて、実は面白がりと言うか、結構ないたずら好きなのだ。
「ひーふーみーと、ウチらで全員そろった訳だね。じゃあローゼマリー会長さん、今日の倶楽部活動を始めましょうか」
「「「えっ?」」」
エッダの言葉に驚いて周囲を見渡せば、いつの間にか俺の隣の席に眠そうな目をした背の高い、え~と、バストの大きな少女が座っていた。
「「「いつの間に?!」」」
「さっきウチらが入って来た時にはもういたけど?」
「「「!!」」」
このバストの大きい、じゃない、眠そうな目をした少女はディアナ。
こう見えても彼女は、このメッテルニヒ魔法学園の歴史始まって以来最強の魔法使いの呼び声が高い才女なのだ。
「・・・ねえ」
おっと、また心の声が漏れてしまったのだろうか? ディアナがその眠そうな目で俺の方を見た。
「寮に帰っていい?」
「いや、今来たばっかりだよね?!」
どうやら違ったようだ。
「ローゼマリー、私は部屋の隅で素振りをしていても良いだろうか?」
「ダメですわバルバラ。これから今日の活動内容を話し合うのですもの」
こっちはこっちで勝手なことを言っている。
というか、バルバラは男爵家令嬢、ローゼマリー会長は格上の伯爵家令嬢なんだが。
お前本当に自由だな。
そして部屋の中で剣を振り回すのは迷惑なのでやらないで欲しい。
「では、本日の悪役令嬢対策倶楽部の活動を始めますわ!」
ローゼマリー会長の宣言で席に付く少女達。
会長を含めた五人の貴族の美少女達。そして平民のこの俺、アルト・ワルドマン。
この六人がこの謎集団”悪役令嬢対策倶楽部”のメンバーなのであった。
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