悪役令嬢対策倶楽部~オレが助ける伯爵令嬢は未来の悪役令嬢

元二

第一章 倶楽部設立編

プロローグ 破滅の日

 メッテルニヒ魔法学園。明日に卒業式を控えた最後の夜。貴族学科の卒業生を迎えて開かれた卒業記念パーティーは、異様な雰囲気に包まれていた。


「アーサー様、一体どういう事ですの?! なぜ私ではなく、その女と踊るとおっしゃられるのですか!」


 明るい金髪を豪華な縦ロールにした派手なドレスの女性が大声で叫んだ。

 少しキツい目付きだが、ハッキリとした顔立ちの、見る者をハッとさせる美人であった。

 ただし今の彼女を見て美しいと思う者はいないだろう。その額には幾重にも青筋が浮かび、悪鬼もかくやという憤怒の形相で髪を振り乱している。


 そんな彼女から怯えるように身を引くのは、華やかなドレスに身を包んだ少女。

 二人は共に同学年、同じ卒業生なのだが、こちらの女性は地味な顔立ちのせいか若干幼くも見える。

 地味な顔立ち、とはいっても彼女は彼女で十分に魅力的だ。

 例えるならば、あちらで怒り狂う女性が庭園に咲く美しい派手なバラで、こちらの彼女は野に咲く小さな花のような人をホッとさせる愛らしさがあった。


 怯える少女を庇ってスラリとした青年が前に出た。

 整った顔立ちの線の細い青年だ。

 いつもはどこか頼りなく見える顔に、今は怒りの表情を浮かべている。


「ローゼマリー。いや、メッテルニヒ伯爵令嬢。貴方は僕の婚約者だった・・・。卒業までは良い思い出を残させてあげようと思っていたが、もう限界だ。これ以上テレサを侮辱する事はこの僕が許さない!」

「なっ・・・?! 婚約者だった・・・、とはどういう事ですか?! アーサー様!」


 立ち尽くす派手なドレスの女性――ローゼマリー・メッテルニヒ。

 青年――アーサー王子は自分の背後のテレサの腰を抱くと、周囲の人間に向かってハッキリと公言した。


「僕、リンプトハルト王国第三王子アーサー・リンプトハルトは、彼女テレサ・ラウテンバッハ公爵令嬢との婚姻をここに宣言する!」


 オオオオオッ!


 大きなホールの中にどよめきが広がった。

 しかし多くの人間にとってそれは意外な発表では無かったのだろう。王子の言葉は驚きというよりも「やはり」といった納得の反応を持って迎えられていた。


 いや、ここに一人、驚きと怒りに震える者がいた。

 言わずと知れたローゼマリーである。


「アーサー様! 貴方はこの私、ローゼマリー・メッテルニヒの婚約者ですわ! それは王家の決定ですの?! リンプトハルト王家はメッテルニヒ伯爵家をないがしろにしてテレサ・テーゼのような平民を選ぶと?!」


 半狂乱になって叫ぶローゼマリーを警戒したのだろう。王子の背後に控える騎士が前に出ると彼女の視線から王子を遮った。

 王子の横に立つ若い騎士がローゼマリーをあざ笑った。


「テレサ様は紛うことなくラウテンバッハ公爵家のご令嬢だ。これは王家も認められている事実。貴方も伯爵家の令嬢ならば公爵家の令嬢に対する礼儀をわきまえてはどうかね。」

「キ――――ッ!」


 あまりの屈辱についには奇声を発することしか出来なくなるローゼマリー。

 前に出ようとする彼女を慌てて騎士達が押しとどめる。


「離せ無礼者! アーサー様! 私の話をお聞き下さい、アーサー様ーっ!」


 ニヤニヤする顔を隠そうともしない若い騎士を王子は窘めた。


「おい、ダレオ、言い過ぎだぞ。彼女は元は僕の婚約者だ。」

「アーサーは誰にでも優しすぎるんだよ。この女がテレサにして来た事を忘れた訳じゃないだろう?」

「それは・・・確かにそうだが・・・」


 若い騎士――王子の乳兄弟ダレオの言葉に、歯切れの悪い返事をするアーサー王子。

 生来、心優しい性格なのだ。

 今でこそラウテンバッハ公爵令嬢となったテレサだが、最初は学園に平民として編入していた。

 些細な事がきっかけでローゼマリーに目を付けられたテレサは、この約五年間、ローゼマリーとその取り巻きの貴族子女達から執拗な嫌がらせを受けていたのである。


 ダレオの言葉に、ローゼマリーはハッと周囲を見渡した。

 彼女の視線の先には気まずそうに目を反らす女性や、露骨に蔑む目を向ける女性達の姿があった。


 事ここに至ってローゼマリーは、自分が彼女達から己の保身のために売られた事に気が付いたのである。

 確かに彼女達にとってローゼマリーのメッテルニヒ伯爵家は怖い。

 しかし彼女達は――彼女達の実家は――伯爵家よりも格上の公爵家、ラウテンバッハ公爵家との関係を選んだのだ。

 彼女達は口裏を合わせると、王子一派と取引をした。

 全ては悪事をローゼマリーひとりに背負わせて切り捨てる。そのための裏取引である。

 つまり、ローゼマリーは彼女達から生贄として王子達に差し出されたのだ。


 怒りと絶望に感情が高ぶり過ぎたのだろう。怒りと屈辱に目が真っ赤に充血するローゼマリー。

 そんな彼女にダレオがダメ押しの言葉を告げた。


「お前の実家、メッテルニヒ伯爵家には敵国に通じたとして国家背任罪の容疑がかかっている。せいぜい明日の卒業式を楽しむ事だ。卒業後は二度と楽しんだり笑ったり出来なくなるだろうからな」

「なっ・・・」


 ダレオの言葉にローゼマリーは足元が崩れていくような感覚を味わった。

 政治に関心の薄い彼女は、実家が何をやっているのかあまり気にした事が無かった。

 本当に敵国と通じていたのか、それとも政争に敗れて他家に濡れ衣を着せられたのか、そのどちらとも判断する事は出来なかった。

 ただ、この場に誰も彼女の味方をしてくれる者が誰もいない。その事だけは分かっていた。


 ローゼマリーは無意識に今まで彼女の味方だったアーサー王子の方を見た。

 しかし、アーサー王子はすでにローゼマリーの方を見てなかった。

 王子の目に映っていたのは、彼のかたわらに立つ可憐な少女――テレサだった。


 ローゼマリーは去っていく王子の背中を見つめた。

 もう一度王子が振り返る事を強く願って。

 しかし、それは叶わぬ願い。

 王子はテレサと共にホールから姿を消したのだった。

 王子のかたわらに立つテレサがどんな表情をしていたのか、それは彼女の位置からは見えなかった。

 自分をいじめてきた相手の破滅にほくそ笑んでいたのかもしれないし、逆に憐れみの表情を浮かべていたのかもしれなかった。




 今やローゼマリーに注がれるのは王子からの言葉ではなく、周囲からのひそひそ声である。

 そのどれもが彼女を卑下し、揶揄するものだった。

 ローゼマリーの目から一筋の涙がこぼれた。

 そんな哀れな姿がまた周囲の人間の嘲笑を誘う。


「王国を裏切った家の者は帰れ!」


 誰かの叫びと共にグラスが投げつけられた。

 グラスは中のワインを床にぶちまけながらローゼマリーの足元に転がった。

 その言葉を皮切りに次々とグラスが投げつけられた。

 ほとんどは外れて床に転がる中、いくつかのグラスがローゼマリーの体に当たった。

 このパーティーのために特別に仕立てた高価なドレスにワインのシミが広がり、酒の匂いがムッと鼻を突いた。


「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!」


 集団の圧力に恐れをなしたローゼマリーは背中を見せて逃げ出した。

 そんなローゼマリーの無様な姿をあざ笑う声がいつまでも彼女を追いかけた。


 ローゼマリーはひたすら惨めで恐ろしかった。

 もう私には誰もいない。クラスメイトも、いつも一緒に行動していた取り巻き達も、婚約者も、実家である伯爵家さえも。


 パーティー会場の外はもう日が落ちて真っ暗だった。


 ローゼマリーは外に飛び出すと声を上げて泣いた。


 背後の笑い声はもう追いかけて来なかった。


 ローゼマリーは泣いて泣いて・・・


「きゃあああ!」


 暗闇の中、ろくに前を見ずに走っていたローゼマリーは池に転落してしまった。


 貴族の令嬢であるローゼマリーは一度も泳いだ事が無かった。

 落ち着いて立てば背が立つほどの深さの池だったが、パニック状態のローゼマリーはその事に気が付かない。

 もがけばもがくほど水に濡れたドレスが手足に絡まりローゼマリーの自由を奪った。

 鼻から水が入り、鼻の奥がツンと痛くなった。


 そんな・・・こんなバカげた死に方はイヤですわ!


 必死に生に縋り付くローゼマリー。

 だが、最後まで見苦しくもがき続けた彼女は――やがて力尽きて動きを止めた。


 メッテルニヒ伯爵令嬢であり、第三王子の婚約者でもあったローゼマリーは、卒業を明日に控えたこの夜、全てを失ったばかりか、誰からも顧みられる事無く惨めに死んだ。

 彼女の死体は池に浮かんだ水生植物に隠れ、卒業式が終わるまで発見されなかったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ローゼマリー様おはようございます」


 ローゼマリーがベッドに体を起こすと、隣の部屋に控えていたメイドが部屋に入って挨拶をした。

 ここはメッテルニヒ魔法学園

 二日前・・・に入学したローゼマリーは、この貴族学科の女子寮での生活を始めたばかり・・・・・・であった。


「・・・夢を見ましたわ」

「さようでございますか」


 メイドは慇懃に答えながら、主人の着替えの準備を始めた。

 ローゼマリーは寝起きで頭がぼんやりとしながらも


(何とかしなければ、このままでは私は卒業までに破滅してしまいますわ)


 と、決意を固めるのだった。

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