第3話

 礼拝が終わり、教会内でファンタマは訪れた村人たちに帝都から訪れた青年騎士ミカエルとして紹介された。しばらく宿に泊まっているのでよろしくというわけだ。


 翌日の朝ファントマは宿の西にある桟橋にいた。陽は既に高く朝の漁を終えた漁師たちが次の仕事に備えて網などの漁具を整えている最中だ。彼らには昨日釣り場について聞いた。何人かは教会でミカエルと出会いを彼を知っていた。それからは話は早く、初心者ならと紹介されたのは更に西に少し歩いた桟橋跡だった。以前の網元が去ったことで整備されることなく放置され、今は水面から杭が飛び出しただけとなっている。試しに湖岸から針を投げてみると夕飯には十分な量の鱒が釣れた。今日はその礼を兼ねてやって来たのだ。


「教えてもらった通りまず塩だけで焼いてもらいました」


「で、どうだった?」


「うまかった」


 ファンタマが答えると目の前の男は豪快に笑い声をあげた。


「そうだろ、あれは軽く腸を抜いて塩振って焼くのがうまいんだよ。飯にも酒にも合うんだ。凝った味付けは後でいくらでも食えばいい」


 今話しているのはこの場のリーダー格の漁師で船主でもあるバックスという男だ。砂漠帰りのミカエルほどではないがよく陽に灼けている。頭もその影響か頭頂部は薄くなっている。彼らに顔を覚えられたおかげで動きやすくなった点もある。素性のしれないよそ者ではなく、釣りに来た帝都の若者と知れれば湖畔を眺めていても不審に思う者は少なくなる。


 魚や獣の料理について家に帰ってからも試してみたいとバックスから少し学んだ後、ファンタマはいよいよ本題へと入った。


「どうにも気になるんだけど、あの石造りの建物は何だい。宿のネリさんによると昔この辺りを守っていた城塞らしいが」


「そうさ、帝都でも見かけないような頑丈な作りだろう」


 バックスはどこか誇らしげだ。


「確かにね」


「昔はあの城塞を拠点にして西へ出征もしていたらしい。警備のためにも詰めていたらしいが、百年ぐらい前にお家騒動やらなんやらあって、それからは長い間無人だよ」


「学者の団体が来てるって聞いたけど」


「あぁ、そうだった。その先生らが宿代わりに使ってるよ。この辺りの森を調べてるんだったかな」


「森に何かあるのかい」


「何もねぇはずだよ」


「お偉い先生には何か見えるのかもしれないが、俺たちにはただの森だ。茨の茂みとかが多くて危なっかしいだけ」 網の絡みをほどいている男が言った。


「埋蔵金でもあったらおもしろいんだけど」 とファンタマ。軽く笑い声をあげる。


 ファンタマの言葉にバックスは眉をひそめた。 周囲の男達の目つきが険しくなる。


「まさかあんたも公国のお宝のこと言ってるのか?」


「そんな物があるのかい?」


 ファンタマは質問で答えた。


「……」バックスは少しためらってから「昔、お隣の大トリキア公国が荒れた時こっちにお宝を避難させたって話があるんだ。それがそこの城塞まで流れてきたてこった」


「それがまだあるかもしれない?」


「馬鹿なこと言うんじゃないよ。もうそんな大ぼら誰も信じちゃいないよ」


「えらく自信があるね」


「そりゃぁ、こっちは爺さんの代から森の中でお宝を探し回ってたんだ。それでも指輪一つ見つからない。嘘に決まってるよ」


「何だ、ずっと探してたんだ」 ファンタマは笑いを漏らした。


「おぉよ、一獲千金の儲け話だからな」 バックスも笑い出す。


 考えれば当たり前だ。噂話の地元なのだ動いていないわけがない。それならやはり与太話なのだろう。では今回の騒ぎは何なのか。


「俺も試し探しに行ってみようか」


「あぁぁ!やめとけ!」バックスの後ろにいた男が大声を上げた。


「止めといたほうがいいぞ。身のためだ」


「あぁ、やめとけ」


 男達が口々に声を上げる。目つきから冗談ではなく本当に心配しているようだ。


「どうしたんだい、急に」


「何ていうのか……人が死んでるんだよ」バックスの言葉に皆が頷く。


「……まぁ、長い間には運悪く亡くなる人も何人かは」


「いや、違うんだつい最近の話だ。半年も経ってない」


「半年?」


「それも二人だ」


「何があったんだ」


「よそ者が二人村にやって来た。一人ずつだったが、村中で城塞や教会の事を根掘り葉掘り聞いて回っていたよ。村の教会にもよく出入りしていた。それが見かけなくなったなと思った矢先湖に浮かんでた」


「二人ともかい?」


「もう一人は森の中だが、刺し殺されたのは間違いない」


「犯人はまだ捕まってない?」


 皆が無言で頷く。


「この村でも喧嘩っ早い奴、手癖の悪い奴はいる。だが、今回は奴らじゃなさそうだ。他にいるんだ。だから悪いことは言わねぇ大人しくしてな」 とバックス。


「わかった、そうするよ。けど、教会の見学はしてみたいな」


「それじゃ、アリマに相談しちゃどうだ。庭番なんだ。そいつに話を通せば中を案内してもらえるかもしれない。城塞の庭番だけじゃ食ってけなくて部屋を貸したり案内して小銭を稼いでるよ」


「俺でも行けば入れてもらえるのか」


「問題ないだろうね」


「庭番にはどこに行ったら会える」


「土産でも持って訪ねるといい。」バックスは城塞を指差した。「あの城塞と教会の間に似たような作りの石の小屋があるだろ」


 バックスの左右に振られた指は城塞と教会のほぼ中間の湖畔に位置する石の小屋に止まった。


「あれが庭番のアリマの家だよ」


「土産は何がいいと思う?」


「エールでいいと思う。それで十分だ」


 それなら宿で何本か調達することにしよう。それで済むなら安いものだ。



 翌日バックスから庭番ルディについて聞いたファンタマは彼に会いに行くことにした。ルディに会うことを口実に教会や城塞の周辺を歩いてみるつもりだ。

 

 スパインファームで手に入れたエールを手提げ籠に入れて担ぎ、ルディの小屋を目指すことにする。そこまでの道は聞かなかったが、湖畔に沿って行けば道の一つもついているだろうと高を括っていたのが間違えだった。


 宿の桟橋から湖岸に沿い歩いていくとすぐに道は細くなり森が湖岸へと迫って来た。足元も大きな石や壊れて捨てられた漁具が転がっている。ここは整備された道ではないのは明らかだ。歩きにくさを我慢し先に進む気もすぐに失せた。いくらも行かないうちに先で森が湖岸を塞いでいた。ファンタマはここで引き返すことにした。無理に進めないこともないが、肩にエールを担いだミカエルのすることではない。


 荒れた湖畔を桟橋まで戻り宿の前に出た。方向的には一度この道を村の中心部へ向かえばよいだろう。しばらく行けば別れ道があるはずだ。


 記憶は確かだった。この辺りの地形は頭に入っている。目抜き通りを出て少しして別れ道になっていた。片方はスパインファームを経て湖の西側を時計回りに巡っている。もう一方は北へと向かっている。ファンタマはこちらに向かうことにした。


 少し歩いていると前から地元の猟師が犬と共に歩いて来た。軽く挨拶を交わしたが相手もミカエルを知っているようだった。よそ者には監視が付いているかのように誰もが彼のことに詳しい。帝都から釣りにやって来た若者に興味津々なだけかもしれないが。エールを見せルディの小屋に行くつもりだと告げると快く道順を教えてくれた。しばらく道なり歩き左に現れた小道に入れとのことだ。


 しばらく行くと道の左側の膝丈ほどの草むらにぎりぎり馬車が通れるぐらいの切れ目が出来ていた。先は見えないが木立の奥へと続いている。これがさっきの猟師が言っていた小道か。獣道のようにもみえるが間違っていればまた引き返せばよい。


 ほどなくそれが無用な心配であることがわかった。曲がった先は開けており、綺麗に整地されていた。草地ではあるが短く刈り揃えられている。遠くから見た時点では湖のほとりに間隔を空けて教会と城塞が建てられているだけかと思ったが、傍まで寄ってみると小さな東屋やベンチも置かれている。水は出ていないが噴水まである。ちょっとした公園と言ったところか。東屋の中にベンチもあり、周辺もどこもきれいに掃除されている。ルディの仕事に違いない。


 湖畔に立つ教会へと向かう。ルディの小屋はその向こうにある。道中で眺めるのは問題ないだろう。二本の尖塔を持つ石造りの教会で場違いなほどの規模の大きさだ。周辺の施設と合わせて昔の侯爵家の権力と財力、そしてそれらの儚さも思い知らされる。現在は改装中のため、それに使用するためか外の壁沿いには製材された木の板が大量に積まれている。


「あんた、ここで何しているんだ」


 ファンタマが教会を正面から見上げていると男の声が聞こえた。少し離れた位置にあった東屋の裏から人影が現れ、真っすぐファンタマに向かってくる。白い髪と長い顎髭を蓄えた初老男である。右肩に大きな革の鞄を担ぎ、左手で小ぶりの荷車を曳いている。どちらも道具でいっぱいだ。


「何をしに来たと聞いているんだ」男がもう一度尋ねてきた。


「俺はミカエル・スタンネン」ファンタマは男に微笑みか軽く頭を下げた。「帝都を出て旅をしている途中なんだ。湖の向こうでこの教会と城塞を見つけてやって来たんだ。ルディって人に言えば中の見学ができるって聞いた。庭番をやっているらしい、知らないか?」


「俺がそのルディだよ。遠くからご苦労なこったが、今は中には入れないんだ。改装中でね」ルディは頭を横に振った。「半年も早く来てたら案内もできたんだが、まぁせっかく来たんなら茶でも飲んでいけ」


 ルディがファンタマを簡単に受け入れたのは、肩に担いでいた籠から見えていたエールの瓶のおかげのようだ。ここへ提げてくるエールは村人から信用された証で、そしてルディの大のお気に入りを持ってくる奴に悪者はいないという理解らしい。


 彼が庭師兼管理人として住む小屋は思いのほか広く快適だ。欠点と言えば人家が近くにないことぐらいか。そのため買い物が酷く手間なようだ。ルディはここに妻のエマと住んでいる。今日はエマも家にいたためお茶を入れてくれた。


「司祭様たちはたまに店に買いだしに行く以外は籠りっきりだね。ご苦労なこった。先生方は朝から森に入って忙しく動いてる 」


 これが最近村にやって来た学者や聖職者に対する感想だ。ルディは彼らに鍵を渡した後の管理は任せきりだという。


「何かさみしそうだけど大丈夫かい」


「問題ないよ。教会が再建されるなら村にとってはめでたい事だろ。俺も庭番を辞めさせられるわけじゃない」


 とは言ってもルディの心境は複雑なようだ。今まで管理してきた建物に立ち入る事さえできなくなったなったからだ。

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