第4話
中までは無理だが外から眺めるぐらいならと、ルディが城塞の傍まで付き添ってくれた。近くで見ると当時の侯爵家の力をより強く感じさせられた。この森に囲まれた湖のほとりに石で建造するには金の他に権威も相当に必要となるだろう。
管理人でもあるルデイによると城塞はオキデシデン近郊のロッカセッカ大学が一年の期限で借り上げている。彼の収入は帝国より年に一度まとめて支払われているが、それでは足りないルデイは城塞の見学や間貸しなどで稼いでもいたようだ。教会も同様に催事の貸し出しなどもやっていたらしい。
「上のお達しとなれば仕方ない。仕事を追われることはないが、司祭様の眼があるとなれば今までのようにやってられないだろうね」
城塞は現在個人宅のような扱いになっているため、内部を見学したいならグワンマイヨン博士に直接申し仕入れて欲しいとのことだった。教会は改装中でとてもそれどころではない。教会へ差し入れを届けにいた知り合いによると、屋内は信徒席などは壁際に片付けられ足場が組まれ手直しを清掃作業の真っ最中で二コラ司祭までが作業着を身に着け汚れ仕事に励んでいたという。教会の外に積んであるのは足場の部材のようだ。
「何もかも一人じゃ限界があったからね。いい機会なんだと思うよ」
言葉とは裏腹にルディはどこか寂しげに見えた。
帰りはルディに教えてもらった正式な出入り口から外に出た。錬鉄で作られた背の高い門扉だ。塀も満足に残っているのはこの辺りだけで多くは森に飲まれ崩れている。最初教えられた入り口は本当に獣道らしいのだが、近道をしたがる地元の村人はあちらを利用することが多いためルディも敢えて放置しているらしい。
ルディに見送られて門を出て北へ向かう道に目をやる。この先は釣り道具担いで歩いても不自然なだけだろう。ファンタマは更に北へは向かわず今日のところは村に戻ることにした。 釣り場は南岸に集中している。しかし、湖上も釣り場のうちだ。宿で船を借りるのもいいかもしれない。通りに買い物に来た彼らに話しかけるのもの良い。その辺りは改めて策を講じることにしよう。
ファンタマの歩きながら思案は突然の男の怒声によって中断された。森の中で喧嘩かと訝しんだがそうではなさそうだ。この道の先で何か起こっているのか。何にしても呑気に構えている状態ではない。
早足で叫びを上げる男の元へ駆けつけてみると、荷馬車が黒装束、黒覆面の一団に囲まれていた。これがオスモスが言っていた野盗か。賊の数は四人で曲刀を構え積み荷を囲んでいる。平時ではないことに気付いている馬は跳ねて暴れ、御者は必死に荷台に掴まり鉈を振り上げている。これでは馬が取り乱しても仕方がない。ファンタマは 行きがかり上、御者に加勢することにした。
「おい!黒い連中は俺に任せろ!あんたは馬を落ち着かせるんだ」ファンタマは馬車に突進しつつ御者に大声で呼びかけた。
ファンタマの声に黒装束と御者の視線が彼に集中する。
「あ、あぁ……わかった」
突然の加勢に御者は戸惑いながらも鉈を地面に放り出し、馬の手綱を手繰り寄せる。
ファンタマは腰の剣を鞘から引き抜き、手近な賊の一人に斬りつけた。切っ先が胸元の生地は切り裂いたがそいつは無事だった。金属を擦る耳障りな音と火花が上がる。黒装束の下は鎖帷子だ。契約の衣アラサラウスの力を使うことが出来れば仕留めることも容易だが、今は帝都の青年騎士ミカエルである。使える武器はこの剣のみ、袖が伸び剣に変わる衣服をここで披露するわけにはいかない。
「退けぇ!」賊の一人が叫びを上げた。
賊の全員があっさりと踵を返し森の中に退却する。一人がファンタマの足元に閃光球を叩きつけた。目くらましの閃光と煙に馬が怯え悲鳴を上げ後ろ足で立ち上がる。ファンタマはやむを得ず足を止めた。
ファンタマは御者と馬の様子を一瞥しすぐに賊を追いかけた。森の中に突進していった賊の姿はすでに消え失せていた。その方角に足を進めたがすぐに茨の茂みに行く手を阻まれた。これがバックスが口にしていた面倒か。横を回り前に出て先を見渡すが何も見つけることは出来なかった。見当違いの方角へ来てしまったか。見事にまかれてしまったようだ。
ファンタマが森を出て来た頃には馬は落ち着きを取り戻し、御者は座席に座り込んで一息ついていた。 御者は彼の足音に一度体を震わせたが、相手がファンタマとわかり安堵の息をついた。赤い髪の若い男だが今の騒ぎで疲れ十は年を取った様子だ。
「ありがとう。助かったよ」顔を上げファンタマに弱弱しく微笑みかけた。
「かまわんよ。しかし、危なかったな。あれが噂の野盗か?」
「だろうね。最近になってね、出るようになったんだよ」またため息をつく。「前は寒くなる前に熊と遭うのを用心するぐらいで済んでたんだけど……あんな連中熊に食われちまえば……あぁ、人食いになったらやばいな……」
まだ少し混乱状態は続いているようだ。一人でぶつぶつと呟いている。
「公国で何かやらかして逃げてきた奴かもしれんな」 とファンタマ。
鎖帷子に閃光球など並の野盗の持ち物ではない。
「何か言っていたか?例えば金を出せとか。俺はあんたの声しか聞こえなかった」
「あぁ……」男は空を見上げ考え込んだ。「何にも……」これが結論だ。「ずっと無言だった。おかしな連中なんだよ。何度か現れてるけど、御者を縛り上げて荷物を荒らすだけ去っていく。荒らすだけといってもそれで台無しになる物もある。いったい何のつもりなのか」
「ただの野盗じゃないのかもしれないな。何か心当たりはあるかい?」
「心当たり?何だ、それは……俺たちは大したものは積んでるわけでもない。何の得になる」
御者は立ち上がり馬の傍に寄り馬車との接続を確かめた。
「そろそろ行くことにするよ。ありがとう……そういえばあんた何者だい、名前も聞いてなかった」
「ミカエル・スタンネン、帝都を出て旅をしてる。今はスパインファームに泊ってる」ファンタマは答えた。
「マーティンさんとこか。俺はマッケン、あそこは飯がうまいんだよ。それならよければ、宿まで礼に送ってくよ。俺も飯がくいたい」
「それはありがたい」
マッケンには早めに黒装束による襲撃の件を通報した方がよいと勧め、ファンタマも同行し報告を済ませてから宿へ帰って来た。真っ先に食堂へ出向きエールを頼む。ルディへの土産にした事で自分も飲みたくて仕方なくなっていた。
「鱒の燻製出来上がってますよ」とエールをファンタマの前に置いたネルが告げた。
燻製にしてもうまいとも聞いたため釣れた鱒を一匹燻製にするよう頼んでいた。生に近いものは薄切りにして香味油と酢で和える。水気をよく飛ばせば日持ちもするようになるようだ。
「早速食べてみたい頼むよ」
ファンタマはネルに軽く手を上げ答えた。
「はい」
ややあってファンタマの元に鱒の燻製の皿が届けられた。薄切りにされた鱒の赤い身が葉野菜と共に香味油で和えられている。油で鱒がなまめかしい輝きを発している。添えられているフォークとスプーンを手に取り、フォークで鱒の一つを突き刺す。そして、口へと運ぶ。
「ミカエル・スタンネンはいるか」
食堂の扉が開き間髪入れず声が聞こえた。扉に目を向けると制服警備隊士が立っていた。ミカエルと似た灼けた赤い肌、背は高く頭に毛はない。
「こんにちは、キルヒスさん。何の御用ですか」ネルが尋ねる。
「泊り客にミカエル・スタンネンという若者がいるだろう。聞きたいことがあってね」
ファンタマは鱒を飲み込みキルヒスに対し軽く手を上げた。フォークはまだ持ったままだ。
「俺です。隊士さん」
警備隊を相手にするのは気が進まないが無視をするわけにも行かない。
「君か、マッケンからの話を聞いた。それで君の名前が出てきたんでね」
ファンタマがマッケンと共に詰所へ訪れた時いたのは留守番の隊士だった。彼に事情は説明したが責任者が改めて聴取を行うので出頭してもらう必要があるかもしれないと聞いていた。どうやら出頭はしなくて済むようだ。
「何があったんですか?」とネリ。
「あぁ……」キルヒスは若干言いよどんだが、すぐに会話を再開した。隠すことはないと判断したのだろう。「マッケンが公国からの帰りに野盗に襲われたらしい。そこに折よくやって来た彼に救われた」
キルヒスは視線をネルからファンタマへと戻した。
「奴らの手掛かりは少ないんだ。何か覚えていることがあったら教えて欲しい」
マッケンはこれから配達があると持ち帰りの軽食を手に早々に去っていた。
「四人いたが全員頭から足の先まで真っ黒だった。黒装束の下に鎖帷子を着込んで最後には閃光球を投げつけられた。何者何だい、あいつらは」
「鎖帷子、閃光球……本当か?」
「こいつで斬りつけた胸元から覗いてたよ。間違いない」ファンタマは腰に下げた剣を指差した。
キルヒスはファンタマの言葉に困惑しているようだ。鎖帷子は硬い針金で作られた細かな鎖で仕立てられた防具だ。しなやかに動くことが出来るため優れているが材料と手間の点で高価となる。裕福な騎士のための補助の防具だ。普通は野盗などなら革の鎧や何枚もの布を重ねて仕立てられたアクトンなどを身に着けている。最低限の防刃効果も期待でき人が相手ならそちらで十分だ。
「何者か心当たりはないか?」
「俺が?俺はここに来たばかりのよそ者だよ見当もつかない。だた、あの連中……金は持っているか。前は持ってはいたんだろうな」
「なるほど、確かにそうだ。そんな連中が何らかの理由で食い詰めてこちらに流れてきた?……」とキルヒス。「じゃぁ、なぜ荷物を荒らすだけなんだ。なぜ持って行かない。こちらとしては人的被害は出ていないからまだ助かっているが、何が狙いだ」
これについてはファンタマもキルヒスに同感だ。
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