第3話

「じゃあ、また取り消しが出て、選び直しがあったら、伝えてくれ」最後に言い残して、扉のむこうに消えた。がしゃん、と閉まった扉の音が、殺風景な会議室に響いた。

「取り消し。出ちゃうのかな、また」

 散らかった机の上を整理している部下に、つぶやいた。さあ、祈るしかありませんよねえ。どうせ、そんな回答しか返ってこない。

「さあ、二週間何もなければいいんですけどね」

「二週間かぁ。長いなー」

 私は背もたれに寄りかかって、大きく伸びをした。

 今日出した選定者と執行案を審査に通して、操ノ神(下界の事象を操作する神)たちに届くまで、約一週間。それから操ノ神たちが執行案どおりに下界の事象を操り、「偶然」に見せかけて選定者に幸運を届けるのにも、約一週間かかる。よっぽど雑な執行案でなければ審査で落とされることはまずないが、問題は、そこではない。

「私、部屋戻る」

 部下を置き去りにして、会議室を出た。エレベーターで四階に上がって出た突き当たりに、私の部屋がある。幸福ノ神は、住み込みなのだ。その分、手当も出てるからいいのだけれど。

 荷物を玄関に放り、風呂に入り、バスローブ姿でベッドに飛び込んだ。まだ、頭が休まっていないのがわかる。何も考えたくない、思考を止めたいのに、脳みそだけが仕事の勢いのまま、回り続けている。すさまじい激務だ。収入が安定しているし、需要も常にあると親に勧められて就いた職業だが、もっと慎重に選べばよかった。執行案作成の資格まで取ったのに、実務は試験よりも桁違いに複雑で、厄介だ。一緒に資格の勉強をした友神のみっちゃんは、今どんな仕事をしているのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、やっと頭の熱が冷めてきた。ベッドから身をおろし、冷蔵庫から取り出した缶ビールのプルを引く。

 やっと、休める。

 ベッドに腰をおろし、喉をならした。冷たい感触が、疲労の溜まった身体を通り過ぎていく。

 そのとき、

 ブー、ブー。

 隣に置いた携帯が、低い音を伴って震えだした。ビールを吹き出しそうになった口をおさえ、画面を見る。さっきの部下だ。

 嫌な予感がした。部下からの電話は、たいてい嬉しい知らせではない。今回は、無視してしまおうか。しばらく迷ったが、結局電話に出た。

「はい」

『あの、先程選んだ選定者なんですけど』

 開口一番部下の申し訳なさそうな物言いに、嫌な予感はますます強くなる。

「なに」それで私も機嫌が悪くなって、ぶっきらぼうに、訊いた。

『それが、早速一人無効が』

 やっぱりだ。これで、選び直しは確定した。もちろん、執行案も新しく作り直さなければならない。

「で、原因は」

『はい、それがやはり今回も、自殺でして』

 言われて、ちぇっ、と舌打ちをした。幸福ノ神は、どうしてもその性質上、現状不幸な人間を選ぶ傾向にある。そうなると、こういった事態は往々にしてあるのだ。たとえ、執行案が審査に通ったとしても、対象が死んでしまえば元も子もない。待つことができない人間というのは、やはり一定数いるらしい。

「わかった。書類持って、会議室に来て。さっきと同じ部屋」

 気の抜けた冷たい声でそう言って、電話を切った。それから大きく、深く嘆息した。せっかく、休息モードに入ったのに。また、やり直しとは。

「ああもう、なんで死ぬかな!」

 怒りのまま携帯をクッションに投げつけ、勢いよくベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋め、「仕事やだああああ」と叫び、乾かしたばかりの頭を、掻きむしった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様の仕事 空木 種 @sorakitAne2020124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ