第2話
しぶしぶ準備をして、仕事場となっている第二会議室に行くと、不幸ノ神は山のように積み上げられた二〇〇枚ほどの書類に、目を通している最中だった。部屋に入ってきた私に一瞬視線をよこしたが、すぐに書類に戻った。難しそうな表情で、書類と睨み合っている。
不幸ノ神の向かい側の席を引いて腰を掛けると、部下が私の前にどんと書類の山を置いた。こちらも二〇〇枚ほどである。
私は頬杖をついて、山の一番上の書類をぺらりと手に取った。
書類には、それぞれ下界の人間の性別や写真、年齢や経歴がまとめられている。私の仕事は、毎月この約二〇〇人分プロフィールを比較選別し、幸運を与える者を決め、またその執行方法を取り決めることだ。
二十七歳会社員。彼女はいるが未婚。母親は、末期癌で入院中。結婚して、母親に晴れがましい姿を見せたいってところか。
この仕事には、下界の人間たちの間に生じた格差を是正する役割と、「止まない雨はない」的なことを思わせて、人生に絶望することを防止する二つの役割がある。一方、不幸ノ神はその逆で、「悪いことをすると罰が当たる」的なことを思わせて、人間たちの社会が不正や悪行にまみれる抑止力になっている。それでも、なかなか不正はなくならないらしいが。
「この人の彼女さんのデータって、ある?」
「こちらです」
部下が、私の前に書類をすべらせた。その書類を手に取り、再び吟味する。
この仕事で特に難しいのは、執行方法の取り決めだ。幸運と不幸をもたらすと言っても、我々が下界に降りてあからさまに手をくだすわけにはいかず、あくまで人間たちに「偶然の産物」と知覚されるような執行方法しか許されない。そうでなければ、人間たちが全くの神頼みになり、自分たちで努力をしなくなる可能性があるからだ。
「うーん」「うーん」
私と不幸ノ神は同時に、唸り声を上げた。書類から視線をあげてちらりと見ると、不幸ノ神は鉛筆を耳に掛け、執行方法を考えあぐねているようだった。
ちなみに、この仕事を幸福ノ神と不幸ノ神が共同で行う必要があるのは、近しい関係にある人間を、極力選ばないようにするためだ。六代ほど前の幸福ノ神と不幸ノ神のとき、二柱がそれぞれ近しい人間を選定したところ、それが嫉妬を生み、殺人事件の引き金となってしまったことがあったらしい。それ以来、選定者を照らし合わせるようになったそうだ。
頭を抱える仕事が、五時間ほど続いた。
「ああ、疲れた」
最後の一人を選び終えたところで、私は机に突っ伏した。思いつくさま執行方法を書き散らしたメモが、私の机には散乱している。不幸ノ神はとんとんと書類を揃え、消しかすを一所に集めている。
「それじゃあ、わたしは先に帰らせてもらうよ」
荷物を持って立ち上がり、不幸ノ神は扉の方に歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます