神様の仕事

空木 種

第1話

 横になってだらだらとテレビを見ていると、後ろの扉が開いた。テレビの右上に表示されている時間を一瞥すると、すでに仕事の時間になっていた。まだ働きたくないのに。私はそこに置いてあるスナック菓子の袋にがさがさと手を突っ込んで、口に運んだ。


「あの、もう時間ですが。不幸ノ神様がお待ちですよ」


 部屋の入り口で部下が発したのは、想定通りの呼び文句だった。私はさっきよりも大きめにがさがさ音をたてて、スナック菓子を口に運んだ。

 テレビの中では、最近芸能活動休止を発表した美ノ神について、キャスターがボードを用いて解説している。私としてはどうでもいい問題だが、カラフルな画面を眺めているだけで、気が紛れた。事務所によりますと、活動休止の原因は体調不良だそうです。おそらく、精神的なものでしょうね。神たちの世間でも、下界の世間でも、そういった類の病はあるのだ。


「あの、いい加減に——」

「ちょっといいか」


 部下の言葉を遮って、低くて野太い声が割り込んできた。

 ああ、これは、失礼しました。部下が小さい声で、言っている。


「おい、いつまで待たせる気だ」


 野太い声が、部屋に響いた。筋肉質で横にも縦にもデカい不幸ノ神の様子が、その声から容易に想像できる。かなり機嫌が悪いらしい。


「職務、交代して」


 一方私は、体を画面に向けたまま、平板な声で言った。


「あ?」

「だから、職務、交代して。ワタシ、もう、ムリ」


 言って、またスナック菓子の袋に手を突っ込んだ。もうくずみたいなやつしか残ってない。横になっていても仕方ないので、ふん、と体を起こした。振り返って見ると、不幸ノ神は怖い顔の下に腕を組んで、仁王立ちしていた。部下はその傍らで、白いハンカチで額の汗を拭き取っている。


「何を言ってる。任期は三年だ。それはまでは、お前は幸福ノ神だ」


 不幸ノ神がこたえた。


「じゃあ、その三年っていうのがおかしいよ」


 不幸ノ神の目を見据えて、言った。


「なに、追加で給料はもらってるんだろ」

「そうだけど。割に合わないっていうか」

「だが、半年前の会議で、貴様は何も異議申し立てをしなかった」


 痛いところを突いてくるな。思って、私は顔を顰めた。

 確かに、職務内容やら報酬を確認する会議で、私は何も意見しなかった。幸福ノ神としての仕事がこんなに大変だなんて、そのときは思ってなかったのだ。そもそも、やってみなければわからないことについて、事前に意見を述べろという方が、おかしいだろう。

 とはいえ、会議内容を耳半分で聞いていたのも、また事実だった。


「そうだけどさー」


 反論できなくなった私は、力なく大の字に倒れた。そうだけどさー、だってさー。小言を、繰り返した。


「いい加減にしろ!」


 とうとう、不幸ノ神が怒鳴った。さすがに私もビクンと驚き、頭をもたげて不幸ノ神の表情をうかがった。四角張った顔についた覇気のある目が、こちらを睨んでいた。


「いいから、はやく来い!」


 不幸ノ神は怒鳴って、ばたんと扉を閉めた。

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