第80話 噂のドラゴン

「シッ…!」

「Gha!?」


 ブランカの槍がゴブリンの胸を穿ち、捻られ、素早く引き抜かれる。


「Gobu…!」


 ゴブリンが、口から血を吐き出し、抉られた胸の傷口からも大量の血を流す。おそらく心臓を破壊できたのだろう。


 ゴブリンの体が膝から崩れ落ち、倒れ伏す。ブランカは、その様子を槍を構えて眺め、油断なく周囲にも気を配っていた。


 ブランカは、ゴブリンが事切れたことを確認すると、槍を一振りして血を払う。緑の森に鮮血の弧が描かれた。


『ブランカ、お疲れ様。周囲に敵は居ないよ』


 僕はブランカに声をかけると、水の入ったコップを彼女に渡す。水分補給は大事だからね。僕はあまり暑さを感じないけど、森の中は蒸し暑いらしい。ブランカのおでこにも玉のような汗が浮かんでいた。


「ありがと」


 そう言って一気にコップを呷るブランカ。


「うー。しょっぱい水って、なんだか慣れないわ」

『塩分も補給しないとだから我慢して』


 そう言って、僕はタオルを取り出す。


『はい、これ』

「うん」


 コップと交換でタオルを受け取ったブランカが体を拭い始める。ブランカは体を拭いながら、その顔は一方向を見つめていた。ブランカの見つめる先には、ゴブリンの死体が5つ転がっている。先に僕が4体殺し、残る1体をブランカが仕留めた。


「ねぇ」

『何?』

「あたしって必要?」

『………』


 正直に言えば、ゴブリンを倒すだけならブランカの力は必要無い。僕が全部倒しちゃった方が早いし安全だ。ブランカもそのことに気が付いているのだろう。だから自分の必要性が分からなくなる。


『実を言うとね。今日はブランカの試験でもあったんだ』

「試験って?」

『ブランカがゴブリンを倒せるかどうかの試験。ブランカは大丈夫だったけど、無理な人は無理だから』

「ふーん……」


 幸か不幸か、ブランカはゴブリンの命を奪うことができる人間だった。回数を重ねることで、それにも慣れつつある。


「それで、試験に合格したあたしはどうなるの?」

『うーん……』


 実はそれを悩んでいる。ブランカが自分の必要性を疑わないような、ブランカが主体となるような戦術が必要なのだけど……なかなか思い付かない。いや、1つ思い付いてはいるんだけど、本当にそれでいいのか悩んでいる。


『次のステップにいくんだけど……まだ考え中だよ』

「次のステップねー…」


 ブランカも難しい顔を浮かべているのが少し面白い。


『今日はもう遅いからまた今度だね。街に戻ろう。まずはゴブリンの耳を回収だね』

「はーい」


 ブランカが慣れた様子でゴブリンの右耳を切り取っていくのを見て、本当にこれで良かったのかと悩みが生じる。でも、もう賽は投げられた。今更無かったことにはできないのだ。僕たちはこのまま突き進むしかない。



 ◇



 今日は3つのゴブリンのパーティを壊滅させた。ゴブリンを倒せるか不安に思っていたブランカも3体のゴブリンを仕留めた。初日の成果としては上々だろう。僕たちは、モントーヤの街に戻り、冒険者ギルドへ来ていた。


「また白いのが来た……って何だありゃ!?」

「飛んでる!?」

「ドラゴン!?」

「噂は本当だったのか…!」


 またブランカへ心無い言葉が投げられるのかと警戒していたけど、ちょっと様子がおかしい。ブランカよりも僕に注目が集まっている。


「なんでドラゴンがこんな所に?」

「小さいな。まだ子どもか?」

「アレを倒せばオレもドラゴンスレイヤーじゃね?」

「ドラゴンの素材は高値で売れるって聞くわよ」


 一部危ない視線を感じるが、無視してブランカと共にカウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「薬草とゴブリンの耳の買取をお願いします。ルー、出して」


 僕は薬草の入った袋を2つとゴブリンの右耳が入った袋を取り出す。


「ッ!?今のどこから出てきた!?」

「空間魔法だと!?」

「まさか、そんな!?ありえない…!」

「小さくてもドラゴンってことかよ…!」


 さっきから外野が騒々しいな。


「トゥルードラゴン?まさか、エンシェントドラゴンか?」

「やべぇ、やべぇぜ」

「お、おち、落ち着けよ。あ、相手は、まだま子どもだぜ…?」

「おめぇが落ち着けよ」

「相手の力が未知数だ。正面からはやりたくないな……」

「不意打ちか……」


 なんで僕を討伐する方向で話が進んでるんだろうな……。


 僕は、危険が無いことをアピールするために、首に巻かれた赤い布“従魔の証”を振って見せる。


「おい!あれって…!」

「従魔の証…?」

「マジかよ!?あんな化け物、誰が従えてるってんだよ!?」

「誰って、そりゃ……」


 皆の視線が、「今日は稼ぎが良いわね」と、ほくほく顔のブランカに向かう。ブランカはいつも注目を浴びる身だからか、皆の視線が集まってることに気が付かない。


「やったわよ、ルー。薬草が銀貨2枚、ゴブリンの耳が大銀貨5枚になったわ!」

『よかったね、ブランカ。今夜はご馳走だ』

「そうよね!少しぐらいいいわよね!」


 あれだけ薬草を集めたのに銀貨2枚にしかならなかったのか……。逆にゴブリンは、1体倒すだけで銀貨1枚になる。これは薬草なんて無視してゴブリンを狩った方が儲かるな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る