第79話 串刺しドラゴン

「クァ!」


 森の中を行く5体のゴブリン。その内の4体のゴブリンの足元から大きな棘のような石がズドンと隆起し、ゴブリンたちを刺し貫く。断末魔も無く屠られる4体のゴブリン。


「GUA!?」


 残った1体のゴブリンが、急な仲間の死に混乱し、そして恐怖と怒りの混ざった目を僕に向ける。白銀に輝くドラゴンである僕は、とても目立つ。このままゴブリンの注意を僕に向けさせて、ブランカを援護しよう。ゴブリンの視線が僕に向いている今、不意打ちのチャンスだ。


「やぁあああああああああああああああ!」


 せっかくゴブリンの注意が僕に向いているというのに、ブランカが大声を上げてゴブリンに突っ込んでいく。自分から不意打ちのチャンスを潰した形だ。後で注意しよう。


 自分を鼓舞するためか、槍を構え大声を上げてゴブリンに突撃するブランカ。当然ながらゴブリンもブランカの存在に気が付いた。ブランカの槍を避けるために不格好ながらもサイドステップをするゴブリン。そんなゴブリンに吸い付くように槍の穂先が追いかけ、ついにゴブリンの胸を捉える。


「はあっ!」

「Gua!?」


 走って勢いが付いたのだろう。ブランカの突撃を受けて、ゴブリンの体は少し浮かび上がるほどの衝撃を受け、槍に押されて後ろに流れた。ブランカの槍はゴブリンの胸を貫き、穂先が背中まで貫通していた。


「Gha…」


 ゴブリンが口から血を吐き、槍から抜け出そうともがくが、その動きも次第に緩慢なものへと変わっていく。


 しばらくすると、ガクッとゴブリンの体から完全に力が抜け、事切れたことが分かった。


『よくやったね、ブランカ。ナイスファイト』


 僕は槍を突き出した状態のまま固まったブランカに声をかけながら近づいていく。


「ハッ…!」


 ブランカは今気が付いたように息を呑み、動き出す。ゴブリンの死体から槍を引き抜き、穂先にべっとり付いた血に「うげー」と言わんばかりに苦い顔をするブランカ。表面上はいつも通りだけど、さっき声をかけるまで固まったままだったし、大丈夫だろうか?やはり、モンスターとはいえ人型の生物を殺すのは、精神的な負荷が強過ぎただろうか?


『ブランカ、平気?』

「平気よ。村では豚とかの屠殺も見たことあるし、どうってことないわ」


 僕と目を合わせず、早口に言うブランカ。ちょっと無理をしている気がする。豚の屠殺を見たことがあると言うけど、見るのとやるのでは、かなり違うと思う。それに、今回は豚よりも人間に近い人型のゴブリンだ。より精神的な負荷がかかっても不思議じゃない。


『………』


 もう一度大丈夫か確認したいのをグッと堪える。本人が大丈夫だと言っているのだ。本人の意思を尊重しよう。


 それに、酷いようだけどゴブリンを殺した程度で泣き喚いていたら冒険者なんてできない。現状、冒険者しか道が無いブランカとって、これは乗り越えなくてはならない壁だ。ブランカ自身もそのことを分かっているのだろう。強がりでも平気だと言ってのけた。13歳の女の子が吐き出して泣き出さないだけでも立派である。


『おめでとう、ブランカ。ゴブリンも倒せたし、これでブランカも一人前の冒険者だね』


 本当は「もう無理なんてしなくてもいいんだよ」と言いたい。言いたい言葉をグッと飲み込んで、僕はブランカを褒める。頭も撫でちゃう。


「ま、まだまだよ。ルーの魔法が無かったら倒せなかったし、あなたならあたしが居なくても倒せたでしょ?あたしはあなたのおこぼれを拾っただけで……」

『そうだとしても!1対1でゴブリンに勝てたじゃないか。ブランカは、確実に成長しているよ。今夜はお祝いだ。ゴブリン討伐記念日だよ!』

「記念日って……大袈裟よ」


 そう言うブランカの口元は笑みを浮かべていた。



 ◇



『突撃する時だけど、声は出さない方が良いかな。あの時、ゴブリンは僕を見ていたからね。上手くいけば、不意打ちができたかもしれない』

「なるほどねー。うげっ!きもちわるっ!」


 ゴブリンのパーティを仕留めた僕とブランカは、討伐の証としてゴブリンの右耳を切り取りながら反省会を開いていた。ゴブリンの右耳は、冒険者ギルドに持っていくと換金してくれるらしい。


『あとはそうだな……。僕も今更思い出したんだけど、槍を刺した後、捻るといいかもしれない』

「捻る?」

『そう。槍を刺した後、捻って傷口を抉って広げるんだ』


 たしか昔読んだ小説にそんな描写があった。あれはナイフだったけど、刃物なのは同じだし、応用できるだろう。


「うわー…えぐいわねー…」


 ブランカが僕を嫌そうな顔で見る。そんな顔で見ないでほしい。


『あとは基本だね。素早く突いて素早く引く。これからは突いて捻って引くかな』

「あなたって、見かけによらずえぐいこと考えるわね……」

『僕が考えたわけじゃないよ。昔、本で読んだことがあるだけだよ』

「でも、あなたは十分えぐいと思うわ」


 ブランカは、なぜか確信を持ったような口ぶりだ。


「見てよ、このゴブリン。下から頭のてっぺんまで串刺しって……。あたしは嫌よ、こんなえぐい死に方」


 ……たしかに、死んだ後まで立たされているのは可哀想かな。

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