第77話 おハーブドラゴン

『じゃあ、行こうか』

「うん…!」


 僕の言葉に、ブランカがやや緊張した面持ちで頷く。その両手は、得物である槍を固く握りしめていた。


 ようやくお日様が顔を出した早朝。僕とブランカはモントーヤの街の門を出て森へと歩き出した。周りには、おそらく同業者だろう、同じく森を目座す冒険者のパーティの姿が見える。


 モントーヤの街から森までは近い。5分も歩かない内に着いてしまう。


 ブランカは、すぐには森に入らず、森の外周部に沿って歩き始める。森の中の様子を探っているのかな?


「はぁ……やっぱりダメね」


 しばらく森の外周部を歩いたブランカが、ため息と共に首を振って言う。何か良くないことでもあったのだろうか?


『どうしたの?』

「これだけ探しても、全然薬草が無いのよ」


 どうやらブランカは薬草を探していたみたいだ。


「やっぱり中に入らないとダメね」


 比較的安全な森の外周部の薬草は採り尽されているらしい。薬草を手に入れるためには森の中に入るしかないが……。


『今日は元々そのつもりでしょ?』


 今日は元から森の中に入る予定だ。


『そのために、槍の練習も頑張ってきたじゃないか』


 ブランカの槍の腕は、素人目に見てもかなり上達したと思う。初めは槍の重さによたよたと振り回されている感じだったが、今ではコツを掴んだのか、体が流されること無く、しっかり突いたり払ったりできている。少なくとも、槍に使われるのではなく、槍を扱えるようになったと思う。


「うん…!」


 ブランカも少しは自信が持てるようになったのか、しっかりと頷き、右手に持った槍をクルリと回してみせた。


 その槍は、僕がブランカに与えた物だ。柄は赤く塗られ、穂は鋭角な三角形をしており、僕の持つ槍の中では短く、軽い物だ。僕は槍には詳しくないから見分けがつかないけど、もしかしたら、本来は投げて使うジャベリンかもしれない。ブランカはそれをショートスピアのように使っている。


「行くわよ…!」


 ブランカが緊張を滲ませた声で呟き、僕たちはついに森へと侵入したのだった。



 ◇



 森の中は別世界だ。明るく爽やかな、あるいは荘厳な、マイナスイオンとか漂ってそうな森。多くの人が森と聞いて想像するのは、手入れされた森だと思う。手入れされていない森というのは、とても厄介なものなのだ。日光は木の枝葉に遮られて届かず、暗くジメジメとしており、地面は気の根が張りボコボコとして歩きにくい。この辺りは冒険者たちが頻繁に出入りして踏み固められているから歩きやすい方だ。もっと酷い所になると、柔らかな腐葉土の上に落ち葉が堆積し、一気にズボッと踏み抜いて足を取られることもある。


 そんな最悪よりはまだマシ程度の薄暗い森の中を僕とブランカは進んで行く。その足取りは重い。槍を構え、周囲を警戒しながら進んでいるためだ。薄暗い上に見通しも悪いから、どうしても慎重にならざるをえない。


 僕は周囲を索敵して、敵が居ないことを知っているけど、それをブランカに教えるつもりは無い。僕自身教えてあげたいし、すごくもどかしいけど、これもブランカの成長のためだ。


「あった!」


 ブランカが一点を見つめて声を上げる。


「ルー、警戒お願い」


 ブランカはそう言うと、しゃがみ込むんで槍を置き、地面に生えた草を摘み始めた。


『それが薬草なの?』

「そうよ」


 うーん……僕には只の雑草にしか見えないな。ブランカは慣れているのか、速いスピードでどんどんと薬草を摘んで麻袋の中に入れていく。根こそぎ取り尽してしまいそうな勢いだ。


『少し残しとかないでいいの?』

「どうして?」

『全部採ったら、もう生えてこないんじゃない?』


 たしかそんな話を聞いた覚えがある気がする。


「そんなことしても誰かが採っちゃうだけよ。それに、根っこは残してるから大丈夫」


 そういうものらいい。僕よりブランカの方が詳しいだろうし、これでいいのだろう。考えてみれば、雑草とか抜いても抜いてもしぶとく生えてくるし、薬草も僕の想像以上の生命力を持っているのかもしれない。


「よしっと。こんなものね」


 結局、薬草の葉を全て取り尽して、ブランカが槍を持って立ち上がる。


『袋、預かるよ』


 薬草の入った麻袋を受け取ろうとすると、ブランカが首を横に振った。


「いいわ。あそこにも薬草が生えてるの。あれも採っちゃうわ」


 そう言って、今度は背の高い草に近づいていくブランカ。


「警戒お願いね」


 そう言って、ブランカは背の高い草の下の方から葉っぱを摘んでいく。


『さっきとは見た目が違うけど、それも薬草なの?』

「そうよ。これがイゾルテで、さっきのはエキアって云うの」


 薬草と一口に言っても、いろいろと種類があるようだ。


「これでよしっと」


 ブランカが、イゾルテの葉を少し残して摘み終える。


『これは少し残すの?』

「そうよ。そうしないと枯れちゃうもの。葉っぱを10枚は残す決まりになってるの」


 種類も違えば、摘み方も違うらしい。


『決まりって、誰が決めてるの?』

「冒険者ギルドよ。薬草の種類や見分け方、摘み方も全部冒険者ギルドに教えてもらったの」

『へぇー』


 冒険者ギルドって僕の思ってたより面倒見がいい組織なのかもしれないね。

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