第73話 パパ活ドラゴン?②

 この世界、服ってべらぼうに高い。シャツ1枚が日本円にして40万円するぐらい、もうバグってるんじゃないかと思うくらい高い。なぜそんなに服が高いかといえば、布が高いからだ。


 この世界で布といえば、全て手織りだ。機械織りじゃない。機織りも着色も全て手作業。それだけ手間と時間がかかっている。だから高い。


 そのため、布はご進物や贈答品、あるいは部下への褒美など、高価な贈り物として一般的だ。僕も供物として布を貰うことが多かった。もう僕自身数え切れないほど布が貯まっている。


『布はいっぱい持ってるからね。この布で服を作ってもらえば、普通に買うより安く済むよ』


 それに布を買い取ってもらうこともできるだろう。僕が敢えてこの高級店に入ったのは、布をちゃんと適正価格で買ってもらうためというのもある。僕の持ってる布は、神への供物として選び抜かれた最高級品の布なのだ。高級店じゃないと買取してもらえない可能性すらある。


 布いくつもカウンターの上に取り出していく僕を見て、ブランカは頭を抱えて疲れたようにため息を吐いた。


「あなたって……ほんとになんでも持ってるわね……」

『なんでもは持ってないよ』


 例えば布は持っているけど服は持ってない。僕が持っているのは供物として貰った物だけなのだ。僕の持ち物は、かなり偏りがある。


「この布の山はいったい……」


 店の奥から品の良さそうな格好をしたおじさんがやって来るのが見えた。おじさんは、僕が取り出した布の山を見て目を白黒させている。この人が店員さんが言っていた担当者だろうか?


『この布で、この子に服を作ってもらいたいんだ』


 おじさんが僕を見て目を軽く見開いたが、すぐに気を取り直した。


「いらっしゃいませ、お客様。ジェルメーヌ商会へようこそ。わたくしが商会長のマヌエルと申します」


 このおじさんが商会長らしい。さすが商会長というべきか、マヌエルは僕を見ても驚き騒いだりしなかった。事前に店員さんに聞いていたのかな?


「本日はそちらの…お嬢様に服を……なるほど、なるほど。まずはお嬢様の採寸をさせていただきたく思いますが、よろしいでしょうか?」

『いいよ』

「え?え?ほんとにここで買うの?」


 ブランカはまだここで買い物することが飲み込めないらしい。それだけブランカにとって信じられないことなのだろう。自分がこんな高級店で服を注文することが。


『買うよ。さあ、採寸してきな』

「ミレイア、お客様の採寸を頼みますよ。くれぐれも丁寧にお願いします」

「かしこまりました。さあ、お嬢様。こちらへどうぞ」

「え?あ、はい……」


 ミレイアと呼ばれた店員さんに連れられて店の奥へと案内されていくブランカを見送って、僕はマヌエルと話を続ける。


『実は布の買取もしてほしくてね』

「買取でございますか?拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

『構わないよ』


 マヌエルがカウンターに無造作に置かれた布の山から布を1巻き取り出して、驚愕の表情を浮かべる。


「こ、これは…!?なんと美しい!まるで布自体が光っているかのような…!手触りもすべすべと心地良い。この布はいったい…!?」


 マヌエルがすごく興奮した様子でシルクの布を見ている。まるで初めてシルクを見たかのような反応だ。もしかしたら、ここにはシルクは無いのかな?これは高値で売れるかもしれない。


『良い物だろう?』

「はい。このような光り輝く布は初めて見ました……。これは何と言う布なのですか?いったいどんな糸を使えばこのような光り輝く布に…?」


 マヌエルが僕に縋り付くように尋ねてくる。


『それはシルクと言うんだ。作り方は僕も知らないよ』


 知ってるけど知らないことにしておこう。情報を持ってると思われると面倒だ。


「そうですか……。シルク……」


 マヌエルが残念そうに項垂れるが、すぐにまた顔を上げる。


「こちらを本当にお売りいただけると!?」

『そうだよ』


 僕が頷くと、マヌエルの口の端がピクピクと震える。たぶん喜色を面に出すことを堪えているんだと思う。もう遅い気がするんだけど……駆け引きのために頑張っているのだろう。


「こちらの品ですが、大金貨3枚の買取でいかがでしょう?」


 僕はまだこの辺りの物価や貨幣について詳しくないんだよね。大金貨って初めて聞いたよ。金貨何枚分の価値があるんだろう?


『……実はまだシルクの布を持っていてね。それもここに売るかどうかは……分かるね?』

「ッ!?」



 ◇



 結局、シルクの布1巻きは、大金貨5枚で売れた。ちなみに、大金貨は1枚で金貨3枚分の価値があるらしい。


『あの子は冒険者だから丈夫な作りの服にしてほしいんだ』


 たぶん、ちょっと無理をしたのだろう。僕の言葉に、この短時間で少しやつれたように見えるマヌエルが頷く


「なるほど、冒険者ですか。何かご希望のデザインなどはありますか?」


 服のデザインか……。


『ミニスカートとニーハイのソックスで!これは譲れない!』


 絶対領域は尊いものだ。ブランカが居ない内に決定にしてしまおう。

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