第72話 パパ活ドラゴン?

「何だあれ!?」

「飛んでる…?」

「まさか、ドラゴン…?」

「それにしては小さくないか?」

「子どものドラゴンかしら?」

「綺麗…!」


 相変わらず僕は目立っていた。通りを行く人々の緯線を集めながら、目的の店を探す。まずは服屋に行こうと思う。今のブランカは、ノースリーブの膝丈ワンピースにノーブラノーパンだ。風が吹いたら全部見えちゃうような、とても危ない恰好をしている。僕はこれをなんとか改善したい。ブランカに下着を身に着けてほしい。


「おい、あれって……」

「白い悪女…!」

「いやね。薄気味悪いわ」


 相変わらずブランカへの心無い言葉も聞こえる。そのせいか、外を歩く時のブランカは、背を小さく丸めて、俯いて下を見て歩いていることが多い。今もそうだ。まるで小さく縮こまるようにして歩いている。


『ブランカ、胸を張って上を向いて歩こう。その方がかわいいよ』


 難しいことは分かってる。こんなアウェイのような空気の中で、堂々と振る舞うのはとても難しいと思う。でも、言わずにはいられなかった。


「か、かわ!?」


 ブランカがなぜか慌てたような様子で、顔を上げる。ちょっと顔が赤いのはなぜだろう?


 僕はブランカの様子に疑問を持ちながら、1軒のお店に近づいていく。お目当ての服屋さんだ。


「あ、そこは!?」


 ブランカがなにか言いかけているけど、僕は気にせずお店のドアを開けた。


 チリンチリンと小さく鈴の音が響き、その音に気が付いてこちらを向いた20歳くらいの店員さんと目が合う。店員さんの目が大きく見開かれ、口もポカンと開ける。ちょっと間抜けな表情だ。


「え?え?ドラ、ゴン…?え?なんで?」

「ちょっとルー!このお店は……」

「え?あ、いらっしゃいませ?」


 店員さんは僕を見て驚いた様子を見せたが、ブランカの姿を見て店員の本分を思い出したみたいだ。


「そのドラゴンはお客様の…?」

「はい。あたしの従魔?です」

「じゅうま…?」


 従魔はあまり一般的ではないのかもしれない。ブランカも言い慣れていないし、店員さんも初めて聞いたような反応だ。


「襲ってきませんか?」

「はい。大丈夫です」


 ブランカの言葉に少しは安心したのだろう。接客するためか、恐る恐るといった感じで店員さんがこちらに近づいてくる。


 そして、なぜかブランカは店員さんが近づく度に、まるで怒られているかのように体を小さくしていく。とても不安そうな。いや、申し訳なさそうな顔を浮かべている。もう少しで泣いちゃいそうだ。


 店員さんは僕をチラチラと意識しながら、ブランカを下から上まで一瞥して口を開く。


「貴女には、当店より相応しいお店があると思いますよ」


 言外に「貴女は、このお店に相応しくない」と言われてしまった。


 べつに、この店員さんが特別意地悪を言っているわけじゃない。このお店は、主に新品のオーダーメイドを扱っている高級店なのだ。そんな所に生成色の安物ワンピースにサンダル姿の貧民にも見える格好のブランカがやって来たら、それは場違いにも見えるだろう。


「はい……ごめんなさい……」


 ブランカが声を震わせて涙声で謝罪した。彼女にも自分が場違いであることが分かっているのだろう。すごく申し訳なさそうだ。


『ブランカ、アレを見せてごらん』


 僕はそんなブランカにあることを促す。


「え?でも……」

『いいから、いいから』

「うん……」


 重ねて促すと、ブランカがおずおずと固く握りしめていた拳を店員さんの前に出し、ゆっくりと拳を開いていく。その中から現れたのは……。


「金貨!?」


 店員さんの抜けるような驚く声が店内に響いた。貧民同然の格好をしたブランカが、金貨を持っていることなど完全に予想外だったのだろう。


「え、あ、その……いらっしゃいませ、お客様」

「え?」


 ブランカが金貨を持っていることが分かり、ブランカをお客さんとして認めてくれたようだ。恭しくお辞儀するその変わり身の早さは、さすがまだ若いのに高級店で働いているだけのことはある。その変わり身の早さにブランカが目を白黒させているほどだ。


『服の注文をしたいんだ』

「しゃべっ!?」


 僕は驚く店員さんに布を1巻き取り出して言う。


『これでこの子に服を作ってもらいたいんだけど……』

「え?え?今、どこから布が?あ、はい、た、担当の者を呼んできます!」


 そう言って店の奥へと消える店員さん。すごい驚きっぷりだったな。


「ねぇ、ルー……」


 ブランカが不安そうに声をかけてきた。


『どうしたの?』

「本当にここで買うの?ここ、きっとすごく高い店よ」


 ブランカの懸念は正しい。たぶん普通に買えば、ビッグボアで得たお金全てが無くなりかねない。むしろ足らないまである。服とは、それだけ高価なのだ。ドレスなんて、日本で云う高級車と同じくらいの価格がする世界だ。


『大丈夫、大丈夫。僕、布はたくさん持ってるからね。使いきれないくらいだよ』


 僕は、敢えて明るい調子で応えて、ブランカの不安を吹き飛ばそうとするのだった。

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