第65話 宿屋ドラゴン

「やだ!」


 ブランカが断固とした態度を見せて否定する。だけど、さすがにこればかりは看過できない。


『ダメだ』


 僕もまたブランカの言葉に否定を重ねる。


「やーだー!」


 ブランカもさらに否定の言葉を重ねて、話は平行線だ。まったく折り合いがつかない。ぶすっとした顔のブランカと見つめ合うけど、そんな顔してもブランカはかわいかった。


 かわいいは正義って云うし、ここは僕が折れるべきなんだろうか?


 でもこればかりは……。というかそもそも……。


『なんでそんなに宿屋に泊まることに否定的なのさ?』


 普通、泊まるものなんじゃないの?


「だってお金かかるじゃない!ただ寝るだけなのに銀貨1枚もするのよ!?」

『そりゃそうさ。相手も商売だもん』


 僕とブランカは宿に泊まるかどうかで揉めていた。僕は宿屋に泊まろうと勧めているのだけど、ブランカは泊まりたくないらしい。理由はお金がかかるから。なんていうか、貧乏性を通り越してケチというか、守銭奴みたいだ。


『お金を払えば、安全にぐっすり眠ることができるんだよ?安全な時間を買うと思えばいいよ』

「平気よ。今までだって宿屋なんて使ってなかったもの」


 今までブランカは野宿をしていたらしい。よく今まで無事だったね。


『さすがに危ないよ、女の子が野宿なんて……。変質者に襲われるかも……』


 ちょっと脅しをかけてみたのだけど、ブランカは鼻で笑った。


「大丈夫よ。あたしを襲うような奴なんて居ないわよ」


 そう言って自分のぺったんこな胸を撫でるブランカ。


『世の中にはおっぱいの無い小さい子が好きな変態も居るんだよ……』

「あなた失礼ね……少しはあるわよ……」


 無いよ。


『とにかく、宿屋には泊まろうよ。せっかくお金があるんだし、使わないともったいないよ』

「いやよ!お金はね、使ったら無くなるのよ!」


 そんな当たり前のことを大声で言われても……。ブランカは、どうしても宿屋に泊まりたくないらしい。たぶん、今まで無事だったから変な自信が付いちゃったんだと思う。でも、何かあってからでは遅いのだ。でも、ブランカに折れる気配は全く無い。


『分かった。宿屋は諦めよう。その代わり!』

「その代り?」

『僕の指定した安全な場所で寝てもらうよ』

「安全な場所?ほんとに安全なの?」


 ブランカが目を細めて疑り深い眼差しで僕を見る。なんだか心外だ。


『普通に外で寝るより安全だよ。君と僕しか入れないからね』

「ふーん…?それってどこよ?」

『口で説明するより実際に見てもらった方が早いかな』


 僕は異空間に3メートルの立方体の部屋を創ると、ブランカの目の前に部屋への入口を設置する。


「えっ!?何これ!?」


 ブランカが、突然目の前に現れた長方形に切り取られたような黒い入口に驚きの声を上げる。


『部屋への入口だよ。門とも呼べるかな』

「門…?」


 ブランカが厚さの無い門の後ろに回り込んだり、恐る恐る門に手を伸ばしたりしている。


「どうなってるのよ…?」


 ブランカが門に手を入れ、それを横から眺めている。ブランカからは、手が途中から消えて見えるだろう。


 その異界に創られた部屋への門は、門とは言っているけれど、実際は、空間に開いた穴のようなものだ。質量や厚さがあるわけじゃない。ただ長方形の闇が広がっているだけだ。


『部屋を創ってみたんだ。中に入ってみよう』

「え、やだ」


 さっそく中に入ろうとしたら、ブランカに拒否されてしまった。


『なんで?』

「だって、こんな真っ暗な所、入りたくないわよ」


 それもそうか。真っ暗だもんね。


 僕は部屋に明かりを創ってみるけど、部屋の床も壁も天井も真っ黒だから、ちっとも部屋が明るくなったように見えない。これは部屋の内装を変える必要があるな。


 ブランカの部屋になるんだから女の子らしい部屋にしたいんだけど、女の子らしい部屋ってどんなだろう?僕は、歴代の姫巫女たちの私室を思い返す。……白を基調に淡いピンクや水色の差し色のちょっとメルヘンな感じが多いかな?中には黒に紅って子も居たけど、だいたい白メインの子が多かった気がする。


 じゃあシンプルに白い部屋でいいかな?あとはブランカの好みで飾り付けてもらえばいいでしょ。


 僕は部屋を白に塗り替える。


「明るくなった…!」

『これなら入れる?』


 そう問うと、ブランカは難しい表情を浮かべる。


「これって、ほんとに安全?」

『野宿よりよっぽど安全だよ。僕とブランカしか出入りできないからね』


 僕はブランカの顔を見る。その目の下には濃いクマがくっきりと浮かんでいた。


『だからゆっくり眠れるよ。いつも警戒しながらだから、あんまり眠れてないんでしょ?』

「うぐっ」


 ブランカが図星を突かれて呻くような声を上げる。そんな声を上げるぐらいなら、大人しく宿屋で寝ればいいのに……強情な子だな。


『ここで寝るか、宿屋で寝るかだよ。どっちかだ』

「ぐぬぬ……こっちで寝る……」


 宿屋にお金を払うのは、そんなに嫌なのか、ブランカは僕が創った部屋で寝ることを選んだ。


『じゃあ入ろうか。こっちこっち』

「うん……」


 僕に先導される形で、ブランカは恐る恐る部屋の中に入って来た。


「けっこう広いのね」

『もっと広くすることもできるし、部屋を増やすこともできるよ』

「……なんだか、すごすぎて訳が分からないわ……」


 ブランカが疲れたような表情で首をゆるゆると振った。その気持ちは分からなくもない。僕も理解するのに時間がかかったからね。いきなり異空間とか、異界とか言われても訳が分からない。


『この部屋は、ブランカにあげる。好きに使うといいよ』

「……いいの?」

『部屋なんていくらでも創れるからね。新しく部屋が欲しくなったら、気軽に言ってよ』

「ええ……」


 ブランカが、疲れているのか呆れているのか、よく分からない表情で頷いた。


『あ、そうだ。ブランカにお願いがあったんだ』

「……何?」

『じゃあ、まずは服を脱ごうか』

「え?」

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