第64話 リフィーディングドラゴン

「それにしても、あんたがステーキ食べれるぐらい稼げるようになるなんてねぇ……」


 そう感慨深げにしみじみ言うのはマリアだ。その目は優しい光を宿してブランカを見ていた。


「これは、無理に誘う必要も無いかねぇ……」


 マリアはブランカを何かに誘っていたらしい。


「マリアさん、あたしやっぱり……」


 そう申し訳なさそうに言うブランカ。


「いいんだよ。あんたの気が乗らないのは最初から分かってたし。あんたは冒険者をがんばんな」

「うん!」


 ブランカが元気に頷き、話が終わってしまった。


『何の話をしてるの?』

「えっと、その……」


 ブランカがなぜか顔を赤らめて言いよどむ。


「ああ。あたしがこの子を娼婦に誘っていたのさ。食うのに困ってるみたいだったし、この子なら間違いなく大通りの大店のトップを獲れると思ったんだけどねぇ……」


 そう言って残念そうに首を振るマリア。


 ブランカは、今は痩せコケてやつれているけど、それでもなお隠しきれない美しさがある。未だ幼さの強いかわいらしい顔立ちだが、将来絶対美人になる顔をしている。これならたしかに人気の娼婦になるかもしれない。


 しかし……ブランカが娼婦か……。たしかに食べるのに困っていたようだし、そういう未来もあったかもしれないね……。娼婦という職業を否定するわけじゃないけど、ブランカも気乗りしないみたいだし、こういうのは本人の意思が重要だと思う。今は、ブランカが嫌々体を売る未来が無くなったことを喜ぼう。


 それにしても、娼婦という話題を出すことを躊躇って顔を赤らめるブランカは、とてもピュアだと思う。その純粋さは失くさないでほしいな。実は僕、恥ずかしそうにしている女の子が好きなんだよね。今のブランカの恥ずかしそうな表情は、とてもグッときた。もう1回恥ずかしがってほしい。


 僕の期待も虚しく、ブランカが頬を染めたのはその1回だけだった。今はもう頬も平素の色を取り戻している。いや、ちょっと青いような…?


『ブランカ大丈夫?顔色が良くない気がするけど……』

「うっぷ」

「ブランカ?」


 顔を青くしたブランカが急に立ち上がると、外に駆けて行った。


「もう急にどうしたんだい?」

『大丈夫…?』

「オェエエエ……」


 マリアと一緒に様子を見に行くと、ブランカは店の外でうずくまって嘔吐していた。マリアがすぐに駆け寄ってブランカの背を摩る。


「あーもう。いきなりどうしちまったんだよ……」


 マリアの言葉に、たしかにと頷く。なんでいきなりブランカが吐いてるんだ?


「はぁ…はぁ…。分かんない。いきなり、気持ち悪くなって……」


 ブランカが荒い息を吐き、目に涙を溜めて言う。こんな時にどうかと思うが、すごく色っぽい表情だ。


 しかし、ブランカの嘔吐した原因は何だろう?


 僕は食中毒を心配してブランカに解毒魔法や回復魔法を使う。


『ブランカ、体調はどう?』

「吐いたら少し楽になったかも……でもまだ気持ち悪い……」


 食中毒じゃないっぽい?


 一応、解毒も回復もしたから健康状態に異常は無いはずだけど……いや、元々ブランカは健康状態に異常有りでしょ。ブランカは飢えている。飢餓と言ってもいいかもしれない。


 あれ…?飢餓といえば……名前は忘れちゃったけど、何かあったよね?なんとか症候群。


 たしか、飢餓状態の人が、急に大量の栄養を摂るとショック死するって……ブランカもこれに当てはまるじゃない?


 ブランカの嘔吐は、悪い物を食べたからじゃなくて、栄養を摂り過ぎたから体が拒絶反応を起こしたのかもしれない。でも、ブランカは明らかに栄養が不足している状態だ。栄養は補給しなくちゃいけない。


 これについては、もどかしいけど少しずつ栄養を与えて、ブランカの体を慣らしていくしかないね。魔法でドーンと治せるものじゃない。いや、ショック死程度なら魔法で治せるから食べさせてみるのも手かな?いやいや、さすがにそんな実験動物みたいな扱いはブランカが可哀想だ。ここはもどかしいけど少しずつ栄養を与えてゆっくりと治療しよう。


『いきなりステーキなんて食べたから体がビックリしちゃったのかもね。最悪、死んじゃうこともあるから慎重に少しずつ食べていこう』

「死!?」

「ステーキ食べて死んだ人間なんて聞いたことないよ」


 マリアは半信半疑って感じだね。ブランカは……素直すぎるのか、すっかり信じて怯えてしまったようだね。怯えてるブランカかわいい。


 僕のそんな思いを知ってか知らずか、ブランカが顔を俯かせる。その視線の先にあるのは己の吐いた吐瀉物だ。


「お肉、もっだいない……」


 ブランカは涙声でお肉を吐いてしまったことを悔しがっていた。たかがお肉ではあるけども、ブランカにとってはとても大きな意味を持つお肉だった。お値段的にもブランカにとっては冒険するような気持ちだっただろう。それに、ブランカにお肉を食べさせようと、僕が記念日だのお祝いだの言ってお肉に意味を持たせ過ぎてしまった。それを吐いてしまったブランカは今どんな気持ちなのだろう…。


「お腹減った……」


 まぁ吐いたもんね。そりゃそうなるよね。けど、もうちょっと情緒ある言葉が欲しかったな…。


『少しずつ慎重にね』

「うん……」


 僕の言葉にブランカは素直に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る