第59話 おもらしドラゴン
「おい見ろよ、あの白いの」
その一言が引き金となったのか、僕に集まっていた視線がブランカへと移る。
「アイツ、真っ白だぜ」
「やだねー。気味が悪いよ」
「なんで白い魔女がドラゴンと……」
「気持ちわりぃな……」
ブランカに次々とぶつけられる明確に悪意のある言葉の数々。薄々感じてはいたけど、やっぱり……。
「クァ!」
僕はブランカを悪意ある視線から守るように前に出る。僕が意気込んだからか、僕の口から小さく青い炎が漏れたのが見えた。
「ダメ!」
ブランカを守ろうと前に出たら、後ろからブランカに抱きつかれてしまった。ブランカは僕をギュッと抱きしめると、顔を俯かせて足早に歩きだす。
「まさか、あの白い奴がドラゴンの主かよ」
「白い女に白いドラゴン。なんだか不吉だねぇ」
ブランカを「白い、白い」と非難する彼らの肌は、しっかりと焼けた小麦色だ。黒人ほど黒くはないけど、浅黒い肌をしており、髪も黒っぽい。白髪に透けるような白い肌のブランカは、彼らの中では浮いた存在だ。
容姿が他と違うというのは、十分にいじめや差別の原因になり得る。
事実、ブランカは差別を受けている。城壁の兵士に冒険者ギルドの職員、街の人々……。これまで会った全ての人は、ブランカにはどこか余所余所しく、そして冷たく当たり、終には暴言まで吐く始末だ。
なぜブランカの毛や肌の色が、皆と違うのかは知らないし、なぜ毛や肌が白いというだけでブランカが差別を受けなくてはならないのか、理由も背景も知らない。知らないけど、すごくモヤモヤする。当たり前だ。ブランカが貶められたのだから。
『ブランカ、君は怒ってもいいと思うよ』
イライラする気持ちを吐き出すように言うと、ブランカが悲しそうに言う。
「怒っても仕方ないから……あたしは白い魔女の生まれ変わりなの……」
『生まれ変わり?』
「そう。国崩しの白い魔女……」
遠い昔、ブランカと同じように髪も肌も白い女が生まれたという。女は大層美しく育ち、時の権力者たちを魅了したが……そこから全ては狂いだす。女を奪い合って権力者たちが争い始めたのだ。最初はただの舌戦。しかし、戦になるのに時間はかからなかったという。国が分裂し、相争う戦国時代の幕開けだ。国は疲弊し、民は貧困と戦に喘ぐことになる。その引き金となった白い女への蔑視は根深いものがある。時たま生まれる白い女は、国崩しの白い魔女の生まれ変わりとされ、忌避されるらしい。
僕から言わせれば、勝手に争いを始めた時の権力者が悪いだけで、白い女は悪くない気がする。それに、生まれ変わりだなんて迷信を信じてブランカを差別する人々には呆れて言葉も出ない。でも、怒っても仕方ないと言うブランカの言葉が分かってしまった。ブランカが声を大にして「白い魔女の生まれ変わりではない」と言ったところで、迷信を信じてしまう人々の心はなかなか変わらないだろう。
心の問題とは厄介だ。人は己の信じたいものを信じる。ブランカという自分より下の境遇の者を見ることで、人は優越感や心の慰めを得ているのだ。誰もがブランカの差別からの解放を望んでいない。
ブランカが怒ろうが喚こうが事態は改善しない。ブランカが仕方ないと諦めてしまうのも無理はない気がした。
『ブランカ……』
「そんな声出さないでよ。あたしは大丈夫だから。あなたが怒ってくれて嬉しかったわ」
そう言って儚い笑顔を見せるブランカ。どうしてブランカは笑うことができるのだろう?こんなにも人の悪意に晒されて……なぜ、まだ笑えるんだ?
『ブランカは強いね……』
「そう…?よく分からないわ」
ブランカの心はとても強いと思う。僕だったら、とても耐えられないだろう。ブランカの心はとても強い。でも……限界はあるはずだ。
守りたいと思った。
僕はブランカを守りたいと思った。
元々痩せ細ってやつれたブランカを救いたいと思っていた。しかし、今はブランカの心も守りたいと思った。
『絶対幸せにするから!』
僕は決意を新たに誓う。絶対にブランカを幸せにしてみせると!
「え!?それは……その……あれ…?」
なぜか頬を上気させるブランカ。ブランカの肌は透き通るように白いから、ちょっと赤くなるだけでもだいぶ目立つ。早歩きしてるから上気したのかな?
それにしても……。
僕は今、後ろからブランカに抱っこされている状態なんだけど……全然ブランカの胸の感触を感じない。感じるのは、洗濯板みたいな肋骨の硬い感触だ。ブランカは、その見た目通りおっぱいが無いらしい。
まぁ僕は無いおっぱいも大好きだけどね。おっぱいに貴賤は無いのだ。みんな違ってみんな良い。だから触らせてくれないかな…?
そんなことを考えていると、速足で歩いていたブランカが急に立ち止まる。
「……もうっ!着いたわよ」
なぜかぶっきらぼうな物言いをするブランカに疑問を感じる。なんで?
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