第57話 ブランカとドラゴン

「ほんとに人を襲っちゃダメだからね?」

『襲わないよ』


 結局、少女は僕を従魔にすることを受け入れてくれた。僕の話に同情したのかもしれないし、単に報酬のイノシシが欲しかったのかもしれない。


『そういえば、まだ名乗ってもいなかったね。僕はルシウス。ルーって呼んでよ』


 ちょこんと右手を差し出して言う僕は、我ながらかわいいと思う。


「あたしは…ブランカ」


 少女、ブランカが少し相好を崩しながら言うと、差し出された僕の右手を手に取った。


『ブランカ、よろしく』

「よろしくね」


 今ここに、後に伝説となるブランカと僕の主従が誕生したのだった。



 ◇



 僕は、目の前の放っておいたら死んじゃいそうな少女、ブランカを助けることに決めた。僕に何ができるかは分からないけど、とりあえずは、ブランカが飢えに苦しまない生活を目指すつもりだ。


「ビッグボア……どうしよう…?」


 ブランカがイノシシの死体の前で途方に暮れたような声を出した。どうやらイノシシはビッグボアと云うらしい。


「人呼んでこないと……」


 どうやらビッグボアの運搬方法を考えているようだ。ビッグボアは、その名の通り大きく、推定100キロを超える。ブランカの細腕では運べないだろう。


『僕に任せてよ』


 僕はビッグボアを異空間に仕舞う。パパママドラゴンも使っていた、なんでも入る黒い穴の魔法だ。さっそくブランカの役に立つとか、僕って有能ドラゴンかな。


「消えた!?」


 ブランカが驚きの声を上げ、ビッグボアの死体が在った場所でしゃがみ込み、手で地面をパンパン叩いている。ビッグボアが消えたことが信じられないような仕草だ。


「え?え?どこいったのよ!?」

『僕が仕舞ったんだよ』


 地面を手で叩いていたブランカが、弾かれたように僕を見る。


「え?どういうこと?」


 理論を説明するのは難しいな……僕もノリで使ってる部分があるし……。


『僕がビッグボアを仕舞ったんだよ。出すこともできるよ。ほら』


 僕はブランカの隣にビッグボアを出してみせる。


「きゃ!?」


 いきなり隣に出現したビッグボアの死体に、ブランカがかわいらしい驚きの声を上げた。かわいい。


 ブランカが、ビッグボアの死体に手を伸ばし、触って確かめている。


「在る……」


 ブランカが、どこかホッとしたような表情で呟いた。


『ビッグボアは僕が仕舞っておくよ。持って歩くのは大変だからね』

「仕舞うってどこに仕舞ってるの?」


 どこか……難しい質問だな……。


『まず自分だけの大きな倉庫を創って、そこに入れてる感じかな…?実は僕もよく分かってないんだ』

「ふーん……出せるのよね…?」

『うん。いつでも出せるよ』


 僕の言葉に、ブランカが頷く。


「ならいいわ。あなたってすごいのね」


 ブランカは細かいことは気にしないの主義なのか、そういうものとして受け入れたようだ。


「じゃあ、急いでモントーヤに戻らないと」

『モントーヤって?』

「街の名前よ。早く戻ってビッグボアを解体してもらわないと。肉に血が回っちゃうわ」


 そう言って急に立ち上がるブランカ。今すぐ駆け出しそうなほどだ。


『それなら心配いらないよ』


 気が急いているブランカを落ち着けるように、あえてゆっくりと余裕を持って言う。


「どういうこと?」

『ビッグボアを仕舞ってある空間の時間を止めておいたから、慌てる必要は無いよ』


 僕の言葉に、ブランカは目どころか、口もポカンと開いて驚いていた。


「……ドラゴンってすごいのね…!」


 ブランカが心底驚き、感心したような声を出す。時を操るのは、人間の使う魔術では難しい高度な魔法だからね。驚くのも無理はない。


「……でも、今日はもう帰るわ。薬草を採るためとはいえ、もうけっこう森の中まで来ちゃったし……」


 そう言って、辺りを警戒する仕草を見せるブランカ。


「ビッグボアに襲われたし、他の魔物にまで見つかったら厄介だもの」


 ブランカは魔物との接敵を望んでいないようだ。そりゃそうか。ブランカ弱そうだもんね。それに、仲間もいない。普通、冒険者ってパーティって呼ばれる複数人の組を作るんじゃなかったっけ?なんでブランカは1人なんだろう?初心者だからかな?


「それに、あなたのことを申請しないとね。従魔だったかしら?冒険者ギルドに申請するの?」

『たしかそうだよ』

「ふーん……まずは、モントーヤに戻らないとね。こっちよ、付いて来て」


 ブランカが、腰を少し落として、手製の槍を構えて周囲を警戒しながら、ゆっくりと進み始めた。


『ブランカ……言い難いんだけど……』

「何かしら?」


 ブランカがこちらを振り返ることなく周囲を見渡して警戒している。


『周囲にモンスターは居ないよ』

「……え?」


 ブランカが目と口をポカンと開けた表情でこちらを振り返る。ちょっと間抜けな表情だけど、ブランカがやると愛嬌があるように思えるのは、ブランカの顔が良いからだろう。美人って得だね。


「そんなことも分かるの…?魔法…?」

『そうだよ』


 正確には“神の目”による視認と、魔法による魔力索敵との合わせ技だ。


「……ドラゴンってすごいのね…。なんだかズルいくらいだわ……」

『ははは……』


 ドラゴンである僕自身もドラゴンってズルいと思うので、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

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