第56話 少女とドラゴン

 翼を羽ばたかせて、少女の前にふわりと着地する。


「えっ!?」


 少女から驚きの声が聞こえた。上から来るとは思わなかったのだろう。


 近くで少女を見て思った。美しい。少女は美しかった。白く輝く白銀の髪に、透き通るような白い肌。紅玉を思わせる大きな赤い双眸は、驚いたように見開かれ、スッと通った鼻筋とその下のピンクの唇が驚きにポカンと開いている。その顎のラインは、頬は痩せコケ、鋭角になっていた。見れば、少女の手足は針金のように細く、骨の形が分かるほど。明らかに痩せすぎだ。痩せているというより、飢えているといった方が正しい。しかし、飢えてギスギスとしているにもかかわらず、少女の美しさは際立っていた。


「ちっちゃい…ドラ、ゴン…?子ども…?」

「クー」


 少女はドラゴンを前にどんな態度を示すだろうか?少女の態度次第で、この地の人間との関わり方が変わってくる。


 パパママドラゴンの話では、この世界を創ったパパママドラゴンの神話は広く伝わっているので、一部では、ドラゴンを信仰している人々も居るようだ。その一方で、ドラゴンに対して悪意を持つ人々もいる。神がドラゴンであるという事実が気に入らない人々も居るし、単純にドラゴンの素材は希少価値で高値で取引されているので命を狙われるということもある。ドラゴンというのは、なにかと目立つので、気を付けるんだよというのがパパママドラゴンの教えだ。


 いきなり街中に行って騒動になっては困るので、まずはこの少女で様子見である。できればドラゴンに対して好意的だといいんだけど……。


「あなたが助けてくれたの…?」


 命を助けたわけだし、少しは好意的になってくれるんじゃないかなという打算もあった。


『そうだよ。危なかったね、怪我はない?』

「喋った!?」


 少女は僕の念話よりも、僕が喋れることにとても驚いていた。


「本物のドラゴンだ…!」


 偽物のドラゴンとか居るのだろうか?


 パッと見たところ、少女は怪我は無さそうだ。しかし、頬は痩せコケ、薄汚れた格好をしており、とても心配になる。まだ若く見えるけど、少女は浮浪児なのだろうか?親は……たぶん居ないんだろうな……。


『こんな所で何してるの?ここは危ないよ?』

「薬草を採りに……」

『薬草?』

「あたしは冒険者。クエストで薬草を採りに来た……」


 冒険者…?


 もう一度少女の格好をまじまじと見てしまう。足には、くたびれた革のサンダル。暑いからか、ノースリーブの薄汚れた生地のままの膝上丈のワンピースを着ており、冒険者というより村娘といった感じだ。木の棒に包丁を括り付けただけの手作り感満載の槍が、辛うじて冒険者らしさを主張している。


 冒険者って革や金属の鎧を身に着け、剣や盾などを装備した、もっと重装備な姿を想像していたよ。


 察するに、少女はまだ若いし、駆け出しの冒険者なのだろう。いや、駆け出しの冒険者でも、もうちょっとマシな格好してると思ったんだけど……現実はこんなものなのかな?


 それにしても……。


 少女は本当に痩せ細り、やつれている。放っておけば、このまま餓死してしまいそうな危うさがあった。


 なんとかしてあげたい。


 僕に何ができるか分からないけど、このまま少女を放っておくなんて、僕にはできない。


『冒険者なら僕からクエストを依頼しようかな』

「クエスト?」


 ドラゴンからのクエストなんて、某ゲームのタイトルみたいだね。クエストと聞いて、少女が表情が緊張したように固くなる。


「あたしにできることならいいけど……」

『簡単なことだよ。僕を近くの街まで案内をしてくれないかな?実は道に迷っちゃってね』


 本当はもう街の場所は分かっているので案内の必要はないのだけど、あえて少女にクエストを依頼する。


「それぐらいなら……」

『報酬は……今手持ちは無いから、あのイノシシでいいかな?』


 僕は倒れ伏したイノシシを指して言う。あのイノシシは少女にあげるつもりだ。いくらになるのかは分からないけど、たぶん売れるだろう。


「そ、それは、貰いすぎ!案内くらいならタダでいい!」


 お金に困ってそうだから喜ぶかと思ったけど、少女は謙虚なようだ。


『タダはダメだよ。君は冒険者、プロだろう?なら、仕事に対してちゃんと報酬は貰うべきだよ』

「でも貰いすぎ!」


 たしかに街までの案内だけでイノシシ丸ごと1頭は与えすぎかもしれない。


『じゃあ、追加のクエストだ。僕を君の従魔というのにしてくれないかな?』

「従魔…?」


 少女は従魔のことを知らないみたいだ。


『獣使いって聞いたことない?魔物を使役して戦う人たちなんだけど……』

「聞いたことくらいなら……」

『その獣使いが使役している魔獣のことを従魔って言うんだよ。僕を君の従魔にしてほしいんだ』


 少女が不思議そうな顔をしている。


「なんで使役されたいの…?」


 美人に使役されるとか興奮するから。だけど、それだけじゃない。


『従魔になると、人に襲われなくなるんだ。それに人の街にも普通に入れるようになる』


 人を襲わないように調教された魔獣は、従魔として認められる。従魔になると、主の財産として扱われ、傷付けたりすれば罰則が科されることになる。魔獣版の奴隷みたいな扱いだね。


『自分で言うのも恥ずかしいけど、僕は美しいドラゴンだろ?ドラゴンの素材は高値で売れるからね。人間たちにも気を付けないといけないんだ』

「たしかに綺麗だけど……」


 少女が倒れ伏すイノシシを一瞥した後、僕を見る。


「ほんとに人を襲わない…?」

『襲わないよ。僕に人と争う意思は無いんだ』

「ほんとにその……あたしでいいの…?あたしこんなだよ…?」


 少女が卑屈な笑みを浮かべて浅く手を広げる。たしかに、薄汚れた格好しているし、頼りがいがあるとは言えない。逆に、僕がなんとかしないと少女が死んでしまうのではないかという恐怖感も感じるほどだ。でも、そういう放っておけないところもひっくるめて僕は彼女に主になってもらいたい。美人さんだしね。どうせなら、かわいい子と一緒に居たいじゃん。


『君だからいいんだ』

「ッ…!」

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