第54話 飛ばされドラゴン
それは、麗らかな朝日の中、10時のおやつを食べている時のことだった。
『ルー、いやルシウス。そろそろ君も独り立ちする頃だろう』
「ルー?」
独り立ち?ドラゴンの世界にもあるんだ、そういうの。
おやつに大きなブタの丸焼きを食べていたパパドラゴンの言葉に、ママドラゴンが頷く。
「寂しくなりますね……」
パパママドラゴンの中では、事前に話し合いがされていたのか、僕の独り立ちは決定事項らしい。
独り立ちするのはいいんだけど……。
『僕まだこんなに小さいよ?』
僕はまだ体が猫程の大きさしかない。生まれてから100年経っているのに、赤ちゃんドラゴンの時のまま、まるで成長していないのだけど……これって正常なのだろうか?ドラゴンは成長が遅いんだなとしか思ってなかったけど……この大きさで独り立ちというのは違和感がある。他のドラゴンもこんな感じなのかな?
「ルー、それは貴方が大きな体を望んでいないからです。その小さな体を気に入っているのかしら?」
体の大きさって、そんな気に入るとか気に入らないとかの問題じゃない気がするんだけど……。
「体の大きさなんて自由自在のはずよ?ねえ、あなた?」
『慣れは必要だがね。まあ見てなさい』
そう言うパパドラゴンを見ると、どんどんとパパドラゴンの体が小さくなっていく。どんどんどんどん小さくなっていき、僕と同じくらいの大きさになった。なんだこれ?こんなことも可能なのか…!
「ふふふっ。小さいあなたもかわいらしくて素敵ですよ。ルーと一緒におっぱいでも舐めますか?」
親子で3Pハチミツプレイ……レベル高いなー…。
『私はあまり人間の胸には興味ないな。ドラゴン姿の君の方が魅力的だよ』
「ふ、ふーん、そうですか」
ママドラゴンが照れたように顔を逸らす。その頬が少し上気していて、我が母ながらとてもかわいらしい。
『御覧の通り、体の大きさは自由自在だ。君も大きな体を望めば大きくなれるだろう』
そう言うパパドラゴンの体がどんどんと大きくなっていく。神龍ってすごいんだなぁ…。
たしかに僕は、あまり大きな体を望んでいなかったかもしれない。だって、これぐらいのサイズの方がかわいがってくれそうだし、抱っこもしてもらえる。大きすぎる体では、建物に入ることもできなくなってしまうからね。無意識に小さい体を望んでいたとしても不思議じゃない。
『さて、ルーの旅立ちだけど、いつにしようか?思い立ったが吉日とも云うし、今日にしよう』
『僕の旅立ち?』
てっきり僕は、パパママドラゴンが、僕の生まれた神殿に帰って、僕がここで一人暮らしを始めるのかと思っていたんだけど……。
『僕はこの国の行く末を見守らないと。ここは僕の国だし』
それがアンジェリカとの約束であるし、それに、今のハーレムのような快適生活を捨て去るなんて僕には考えられない。
「ルーの代わりに、わたくしたちがしっかりと見守っていますね」
そうじゃなくて、僕はここを離れたくないだけなんだけど……。
『でも……』
『ルシウス。賢いドラゴンはね、いくつも自分の巣を持つものなんだ。ここ以外にも自分の巣が必要だね。君にはもっと広い世界を見て、大きく成長してもらいたいんだ。心も体もね』
パパドラゴンが“良いこと言った”みたいな満足感を出しつつ話を締めようとしている。なんだかすごく嫌な予感がする。
『あの……』
『かわいい子には旅をさせよなんて言葉もある。君にも旅をしてもらおう』
旅…?
『ちょま……』
『達者でね、ルシウス。私たちはいつも君のことを思っているよ』
「いつでも見守っていますからね!」
そのママドラゴンの言葉を最後に、僕の視界は、まるでテレビのチャンネルを変えたかのように切り替わる。
僕の目に映るのは、どこまでも続く蒼。水平縁だ。
海スタートか……せめて陸地がよかったなぁ……。
「クー…」
だが僕は慌てない。実は僕も転移が使えるんだ。転移で神聖ルシウス神国の神殿に帰ればいい。さっそく転移をしようとすると……。
『ルシウス、ズルはいけないよ。君の転移には一時的に一部制限を付けさせてもらった。君は“今から自分が居た場所”にしか転移ができない。ちゃんと自分の翼で飛んで帰ってくるんだよ』
くそぅ……転移が封じられた。残念だけど、今は僕よりもパパドラゴンの方が神力は上だ。この封印は破れそうにない。これではパパドラゴンの言うように飛んで帰るしかないんだけど……ここはどこだろう…?どっちが帰る方向なんだろう?
周りをぐるりと見渡しても見えるのは海と空の蒼ばかり……。まずは陸地に辿り着きたいな。
僕は翼を羽ばたかせると、とりあえず空へと上昇する。上から見れば陸地が見えるかも……。
くるくる周りを見渡しながらどんどん上昇していくと、水平線の上にうっすらと影のようなものが見えた。僕はそちらへと飛ぶ。転移が使えたら一瞬でワープできるのに……。とても不便だ。
あの影が陸地でありますように。そう願いながら僕は飛び続けた。
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