第3話 使い魔ドラゴン
「では、行きましょうか」
僕は、アンジェリカに抱っこされていた。尻尾が上手く動かせなくて体のバランスが取れず、よちよち歩きの僕を見かねたのか、アンジェリカが手を差し伸べてくれたのだ。背中にアンジェリカの未だ慎ましい、しかし、ちゃんと柔らかい胸の感触を感じてドキドキしてしまう。
「クルルー♪」
思わず鳴き声を上げてしまう僕。人間だった時なら「でへへ」と気持ち悪い笑いを上げていたことだろう。しかし、赤ちゃんドラゴンである僕の鳴き声は、自分で言うのも恥ずかしいが、かわいかった。アンジェリカも「うふふ」と笑っている。
アンジェリカに抱っこされたまま、白い部屋のドアへと向かう。ドアの横には小さな金色のハンドベルが乗ったテーブルがあり、アンジェリカはハンドベルを手に取るとチリンチリンと鳴らす。
すると、ドアがゆっくりと開き始める。ドアの外には、10人程の人が居た。いずれも女性だ。アンジェリカと同じくらいの年頃のかわいい女の子から20代後半くらいの色気のある大人の女性まで。皆、メイドさんみたいな恰好をしている。メイドさんといっても、日本で見かけるようなミニスカートでフリフリのコスプレメイドさんじゃない。黒のロングスカートに白のエプロンドレスのクラッシックなメイドさんだ。
一番年上のメイドさんが、代表するように口を開く。
「おめでとうございます、姫様。無事、成功なさったのですね」
姫様?アンジェリカは本当にお姫様だったらしい。そのことに驚きではなく納得をしてしまう。たしかに、アンジェリカはお姫様と言われても納得してしまう。上品だし、なんというか、そういうオーラがある気がする。
「はい!こちらがわたくしの使い魔、名前はルーです」
使い魔?僕はアンジェリカの使い魔になったらしい。使い魔って何するんだろ?
「綺麗……」
「トカゲかしら?」
「見て!翼があるわ!」
「ひょっとして……」
「「「「「ドラゴン!?」」」」」
若いメイドさんたちが、驚きの声を上げる。ドラゴンって珍しいのかな?
「静まりなさい」
年上メイドさんの声に静かになるメイドさんたち。よく教育されているのか、とてもお行儀が良い。それでも好奇心は抑えられないのか、皆僕を見つめていた。かわいい女の子たちに見つめられて照れてしまう。
「クーン」
「どうしたのかしら?そうだわ。マリア、先生をお呼びしてください。わたくし、この子の言葉が分からないのです」
「かしこまりました。どちらにお呼びいたしましょう?」
「わたくしの離宮にお願いします」
「かしこまりました。クレア」
若いメイドさんが1人、お辞儀するとこの場を後にする。きっとあの子がクレアで、先生という人物を呼びに行ったのだろう。
◇
アンジェリカに抱っこされたまま、赤い絨毯が敷かれた廊下を進んで行く。アンジェリカを先頭に、メイドさんたちを引き連れて、まるで大名行列のようだ。しかも、すれ違う人が皆、廊下の端に寄って道を空けてお辞儀をするものだから、ますます大名行列っぽい。
アンジェリカは、それを当然のように受け入れている。姫様と呼ばれてるくらいだから、アンジェリカは偉いのだろう。姫だから王族になるのかな?
それにしても、大きな、そして豪華な建物だ。長い廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られ、廊下の端には、彫刻や壺などが飾られている。まるで美術館みたいだ。窓の外には、美しく整えられた庭園が見え、季節の花々が鮮やかに咲き誇っていた。
アンジェリカにぬいぐるみのように抱きかかえられて移動すること数分。途中で渡り廊下を渡って、宮殿みたいな建物に入っていく。こちらも豪華な建物だ。だけど、なんだか女性らしさというか、かわいらしい雰囲気を感じる。
「ここがわたくしの離宮ですよ」
なんと、この立派な建物自体がアンジェリカの物らしい。スケール感が違いすぎて眩暈がするレベルだ。さすがお姫様。
離宮に入ってすぐの部屋の前で止まるアンジェリカ。すると、すかさずメイドさんがドアを開けてくれる。人力の自動ドアだね。機械式じゃないってことは、まだそこまで文明が発達してるわけではなさそうだ。
部屋の中も広く、豪華だった。濃い青の絨毯が敷き詰められているし、白い猫脚のかわいらしい、しかし、高級そうな家具たちが並んでいる。全体的に白と青の配色の部屋だ。ここがアンジェリカの部屋だろうか?
アンジェリカは、テーブルを挟んで置かれた白いソファーに座ると、“ほう”と息を吐いた。そうだね、けっこう歩いたもんね。僕も抱えての移動だったし、疲れたのかもしれない。大きな家に住んでいるというのも意外と不便なのかもしれないね。
アンジェリカに抱かれっぱなしの僕は、彼女の膝の上に居る。お姫様の膝の上に座ってるとか、これってすごいことなんじゃない?
アンジェリカは細身だけど、柔らかくて温かい。とても座り心地が良い。
「ここで先生を待ちましょうね」
そう言って僕の頭を撫でるアンジェリカ。その手つきは優しく、手で触れられた所が、じんわりと温かくなる。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、ティア」
ティアと呼ばれた赤毛の綺麗なメイドさんが、優雅な手つきでお茶を入れる。お茶と一緒にお菓子もあるようだ。クッキーみたいな焼き菓子が、まるで花弁のように美しくにお皿に並んでいる。
くぎゅるー!
お菓子を見てたら、僕のお腹が盛大に鳴った。
「まあ」
アンジェリカがクスクスと笑う。メイドさんたちも、笑い声は聞こえないが、微かに肩を小刻みに上下させていた。笑われているな。ちょっと恥ずかしい。
アンジェリカは、お菓子を1つ摘まむと僕の口の前に持ってくる。
「どうぞ」
食べていいらしい。僕はお菓子をパクッと食べる。小麦の味と濃厚なバターの風味がして、とても美味しい。でも、少し食べたことで、僕はより一層空腹を感じてしまう。
「クーン……」
僕は恥も外聞も捨て、情けない声を上げておかわりをおねだりをするのだった。なにせ、まだご飯を食べていないからね。パパママドラゴンが狩りに……そうだった。パパママドラゴンとはぐれちゃったけど、どうしよう? 心配してないといいけど……。
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