第4話 王とドラゴン
私はランベルト・シド・ブリオスタ。ここブリオスタ王国の王である。ふっ、王か……後どれ程の時間そう名乗れるものかな……。
「陛下……」
私の皮肉げな笑みを見て、目の前に居る男、アンブロジーニ侯爵、この国の宰相の位を預かる者が、不安げに私の様子を窺う。大方、私が自棄になったとでも思ったのだろう。実際、自棄になりたい気持ちも自分の中にある。こんな物を見せられればな……。
「王国全土の割譲要求か……」
東に隣接する大国、アブドゥヴァリエフ王国からの一方的過ぎる国書。属国ではなく、我が国の併呑をお望みらしい。くそったれ!
アブドゥヴァリエフ王国の狙いは分かっている。私が国の至宝、従魔契約魔術陣だ。
従魔契約魔術陣は、その昔、神の怒りに触れて滅んだアルターヤ帝国の遺物だと云われている。今の技術では再現不可能な
従魔契約魔術陣の効果は、魔物と心を交わして使い魔として使役するというものだ。魔物とは魔法を使う動物である。その種類は様々、使える魔法も強いものから弱いものまで様々だが、使い魔は私が国の強力な戦力になっている。私が国は小国だが、その戦力は飛び抜けていると云えるだろう。
だが、それは小国の中ではの話だ。アブドゥヴァリエフ王国のような大国と比べれば戦力に劣る。それは、5年前の戦争でも明らかとなっている。
実は、アブドゥヴァリエフ王国から“この要求”が突き付けられるのは、これで2度目だ。
5年前の戦争では、辛くも撃退できた。だが、その爪痕は国に未だ深く刻まれている。我が国の国力は、未だ回復しきっていない。そんな中での2度目の戦争……今度ばかりはダメかもしれない……。
アブドゥヴァリエフ王国は、アルターヤ帝国の後継者を自称し、アーティファクトの収集に熱心だと聞く。我が国の従魔契約魔術陣が欲しくて堪らないのだろう。
従魔契約魔術陣の本体は、地下に埋められた巨大なブラックボックスだ。移動などできないから、くれてやるから見逃してくれとも言えない。
「「はぁ……」」
思わず出たため息が、宰相のものと重なる。そのことがおかしくなってしまって、笑ってしまった。宰相も苦笑いを浮かべている。きっと私の笑いも苦いものだろう。
「それでは陛下、どうなさいますか?」
どうするかというのは、この国書への返答だろう。そんなもの決まってる。徹底抗戦だ。それ以外に道は無い。
「てっ……」
その時だった。やけに廊下が騒がしいことに気が付いた。何事だ?
バーン!
「お待ちください!」
「ええい!聞けぬは!」
そんな声と共に勢いよく私の執務室の扉が開かれる。やって来たのは、禿頭に白い立派なヒゲを蓄えた
「ハーゲン
老人の相変わらずの掟破りな行動に、私は呆れと共にその名を呟く。老人は、前ハーゲン公爵だ。今は息子に爵位を譲り、皆からハーゲン翁と尊称されている。この怒れる老人は、こんなだがこの国一番の賢者だ。魔術の腕も随一で、5年前の戦争でも大いに活躍している。
「もうよい。ハーゲン翁にも丁度訊きたいことがあったのだ。入室を許可する」
「はっ!」
若い近衛兵が敬礼と共に部屋を出ていく。
「陛下!大変な大事が
ハーゲン翁が、私に詰め寄るように叫ぶ。やれやれ、挨拶も無しか……本当に、この老人は掟破りな人だ。だが、どうやらハーゲン翁は、今開けたばかりだというのに国書の中身を知っているようだ。きっと、独自の調査でアブドゥヴァリエフ王国の動向を探っていたのだろう。
「アブドゥヴァリエフのことだろう?丁度良かった。翁の意見も聞いて……」
「アブドゥヴァリエフなど、どうでもよろしい!」
「「は?」」
宰相と一緒に間抜けな声を出してしまう。この大事がどうでもいい?どういうことだ?
「姫様が、アンジェリカ姫様が…!」
「アンジェがどうした?」
ハーゲン翁にはアンジェリカの教育も任せている。もしや、アンジェリカの身に何かあったのか!?
「召喚したのです!ドラゴンを!」
「なんと!?」
「まさか!?」
ドラゴンを召喚…!最強種たるドラゴンを娘が使い魔に……。
その瞬間、私の頭の中を無数の策が駆け巡る。この戦争、勝てるかもしれない…!だが……。
「そのドラゴン。どの程度のドラゴンなのだ?」
ドラゴンと一口に言っても、その種族、格は様々だ。只のデカいトカゲである亜竜。多少は知恵の回るレッサードラゴンと呼ばれる竜。魔法も使いこなす一般的なドラゴンである龍。その龍のほんの一握り、複数の魔法と強力なブレスが特徴のトゥルードラゴンである真龍。神話の時代から今を生きるエンシェントドラゴンたる古龍。そして、神話にのみ、その存在が記されているだけである神たる神龍。
少なくともレッサードラゴン、欲を言えばトゥルードラゴンであってほしい。
ハーゲン翁が辺りを見渡して、重大な秘密を打ち明けるような素振りを見せて言う。
「……最低でもトゥルードラゴン以上です、陛下」
ガタッ!
私は椅子が倒れるのも無視して立ち上がる。
「この戦争勝ったぞ!」
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