第10話 2人で1人

『……次のニュースです。一ヵ月前、連続殺人犯、闇烏が一人の中学生を誘拐したという事件で、警察庁は新たに情報を公開しました。誘拐された中学生は、闇烏捜索班の長、陽警部補の息子、陽心優くん。闇烏は心優くんを連れている模様です。陽警部補からとして、「中学三年生という大切な時期に、息子を誘拐した闇烏を許さないと同時に、たくさんの尊い命を奪った犯人を絶対に捕まえます。」というコメントが昨日、捜索班のブログから発表されています。連続殺人犯、闇烏容疑者は現在も逃走を続けております。近隣住民の皆様は、外出する際、一人でいかないなど、気を付けてください。』



「あーあ。せっかく逃げ切ったのに、ここまで大きくされるとなんだかなぁ。全然外にも出れないじゃん。」


 私はぶー、と唇を思いっきり尖らせた。


 ぼろぼろのアパートの一室。とはいっても、住めるくらいにはきれいなところだ。朝起きたら朝日の光がさんさんと降りしきる光景を見られる、南側の部屋。人通りが少ない道に面しているから人目を気にすることもなく、考えていたよりもずっと快適。それに前の住居者が置いてったテレビも使えるし。


 右も左もゴミだらけの路地裏生活をしていた私からしたら、めちゃくちゃいいとこ物件なんだけどね。心優からしたらこんなにも綺麗な部屋も、汚い部類に入っちゃうのかなぁ。


「まぁまぁ、いいじゃん。それなりに生活はできてるんだし。」


 すとんと心優も、壁にもたれて座っている私の隣に座り込んだ。


 心優がこちら側にきて一ヵ月。


 あの日はお互い疲れて重くなった体を引きずるようにして、ひたすら足を動かしながら夜明けを待った。


 言葉を交わすこともなく、かといって寝ることもなく、お互いの体で体温を確かめるかのようにずっと手を絡めていた。なんだか心がほっこりして、ぽっかりと空いていた穴が埋まっていくような気がした。


 夜が明けてすぐにしたのは寝床の確保。サツキさんのところにいく手もあったけど、あの人はあの人で別件の仕事を抱えている。さんざん断ったにも関わらず、それでもお節介をしていただいてこの部屋に住み着いた。お陰で、今はそれなりに暮らしている。


「いいなぁ、心優は。家族に愛されてて。私もそーゆーお家に生まれたかった。


「文面だけしっかりしてるアイツなんて、本当の家族じゃないよ。アイツなんかよりも、ずっと咲きのほうが家族に思える。」


 ちょっと前に会ったのに。出会ったばっかりなのに。


 好きな人に本当の家族じゃないのに家族みたいって言われて、独り占めできている気がして優越感につかる。


 ちらりと心優の表情を窺うと、しっかりと未来をみている目をしていてかっこよかった。あのときの弱々しさなんて一ミリも感じさせないほど凛々しい表情をした心優にまた心臓が飛び跳ねて、体温が一気に上がった気がした。


 赤くなった顔を見せないように顔を膝に伏せる。数秒立ってから上から優しい声が降ってきた。


「咲、どうしたの?」


 絶対確信犯だ、コイツ。


 心配したような、それでも子供らしく嬉しそうな声。私が恥ずかしがっているのをわかりきって聞いてきてるでしょ。ひどいなぁ。


 あーとかうーとか声じゃない声を上げながら、この状況をどう逃げ切るかを考える。こんなにもずーっと一緒にいたら、心優の過剰摂取でおかしくなりそう。それが本望だけど。


 ぽかぽかとあたたかくなって、なのに顔の熱は引いた気がして顔を上げた。心優と視線を交えると、より一層その思いが強くなって、今度は斜め上に視線を逃がした。それでも今の思いをどうしても伝えたくて、また視線を元に戻して口を開いた。


「あのさ、心優。」


「なんですか咲さん。」


「今、私さ、幸せなのかもしれない。」


 そっと胸のあたりに手を添えて目を閉じた。


 つい一ヵ月前、真っ暗な路地裏で出会った。そのときは反吐が出るくらい、その行動一つ一つが嫌いだった。近づいてくるだけで胸のあたりがぎゅって締め付けられて、息苦しい感覚に襲われた。今の気持ちとは違う、よくわからない感じの。なのにサツキさんのところで髪を触られてちょっと期待したり、一週間くらい一緒に行動してるだけで好きになった。離れ離れになっている半年の間に、その気持ちはどんどん膨れがっていって、点と点が結ばれて線になるように、私たちのその気持ちが繋がった。


 人間って単純だよね。ほんとに。


「そうだねぇ。」


 手がほかほかと温かく感じてゆっくり目を開くと、私の手と心優の手が一つになっていた。あぁ。通りで温かいわけだ。


 この体温が恋しくて、愛しくて、どんな金銀財宝なんかよりもずっとずぅっと大切で。


「ねぇ。心優。」


「ん~?」


 すっかり気を許した表情で顔に私の右手をもっていって、すりすりしてくる心優犬(だって犬みたいに懐いてくるんだもん)の頭を空いてる左手で撫でた。そしたら心優は気持ちよさそうに頬を綻ばせた。


「この世界で生きるのはさ、辛いかもだけど。でも、守ってみせるよ。」


 下がっていた視線が私の瞳を捕らえる。心優は花が開くようにゆっくりと微笑んだ。


 そうだね、一言つぶやいて、心優は今まで見た中で一番の笑顔を向けた。


「俺だって。守り抜いてみせるよ。」



 私たちがいるのは、暗い、闇の世界。


 今の私たちは、化けの皮を被ってでも明るい世界に溶け込みたい。


 いつか、この世界との縁を断ち切れるように。


 赤い世界に、終止符を打つ。





完結

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤色ワールドエンド 希音命 @KineMei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ