きっかけなんて些細なもの
きっかけなんて、いつも些細なものだ。
良いも悪いも、嬉しいも悲しいも、幸せも不幸せも、生きるも死ぬも。それらはみんな、不安定な精神の上に、乱雑に置かれている。ちょっとした質量の違いやバランスのとり方だけで、あちらこちらに傾いてしまう。
だから人は簡単に死ぬ。彰が死にたいと思ったことは、特別に不思議なことでもなければ、不幸なことでもない。一型糖尿病という病を抱える紗椰の人生でさえも、些細なことでひっくり返るのかもしれない。それくらい、人生の良し悪しなんていうものはいい加減なものだ。
彰の人生もまた、その例外ではない。何の役に立つのかもわからない胸筋をちょっと鍛えてそれを褒められただけで、ずっしりと重く地面にめり込んでいた自己肯定感とやらが簡単にプカプカと浮いてくるのだから。それは単に彰が単純な思考回路を持っているというだけではなく、人間の心が本来持ち得る性質なのだ。
彰に対して悪意を剥き出しにした者から悪意しか感じなかったことと同じように、彰を好いていてくれる人からは好意しか感じない。他人というものは、そうやって容易く自分を揺さぶってくる存在である。
だからこの日、多宝寺で偶然に石井と居合わせたことは、後に彰の人生を変えたかもしれないが、それもまた些細なことなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます